昔(といってもつい一年ほど前)私はぢんさん
から
「ウサギの皮をかぶった牛」の称号?をいただいた。
本当は牛のようなにのっそりしているのに、ウサギのふりをしている。と。
携帯に貼った言葉は 「 私は牛だ 」
なんだそれ(笑)

私は外からの刺激を受けて、自分の中で飲み込んで、
自分の考えを出すまでに時間がかかる。(場合が多い)
だけどそんなに時間をかけていては
友達同士の会話に参加できなかったり。
授業で発言できなかったり。
のろまな子はいじめられてしまったりする。
なので、その防衛策として私は「替え玉」を用意するようになった。
打てば響く太鼓のように。
頭の回転が良い子と思われるように。
飛んできた玉を受けてすぐ返球できるように用意された替え玉。
これがまた訓練次第で上達できるんですよ(苦笑)
すごーくうまく相手のグローブにおさまるように
言葉をチョイスして、俊敏に返球。
相手は理想的な玉が返ってきて「おっ」と思い、また投げる。
教科書に載せたいくらい理想的なキャッチボールのできあがり。
でもそれ、あくまで替え玉だから。
形作られる前のホントノキモチはおなかの中にたまっていくんです。
形作られることなく、外に出ることなく、どろどろとおなかの中にたまるホントノキモチ。
それでも私はホントノキモチを救い出すより、
目の前のキャッチボールをうまくこなすことの方が大切だと考えた。
ホントノキモチに目を向けることはない。
そうこうしているうちに、ホントノキモチが見えなくなっていく。
そんなことを何年も繰り返している間に。
相手の気持ちを察することはできるけど
自分がなにをしたいのかわからない。
そんな人になってしまいます。
「自分がない」状態ってつらいです。
誰から見ても幸せな人生なのに、生きてて全然楽しくない。
悩みっていう明確なものがないから相談することもできない。
相談してもわかってもらえない。
そんなに恵まれてて、なにを言っているの?と言われるに違いない。
誰にも哀れんでもらえない程度のことで、こんなにつらい。
そういうとき、おそらく「自分が出せない」原因がどこかにあります。
私の場合は「牛の自分」を昔どこかで封印した(らしい/かもしれない)。
その「牛」を一度認めて、「即座に適切に対応できない自分」を受け入れてあげる。
リズムよく続けている卓球のラリーのピンポン玉をいったん自分の手で捕まえて。
「よしっ」と自分の気持ちを確認したら、それを乗せて打ち返す。
ええ。
変なタイミングになりますよ?(笑)
それでもその変なタイミングで言ってみるんです。
って、言いつつ、私はズル?して、その妙な間を回避すべく。
ブログに書くようになりましたけどね。
…無意識にそうなったんですが(^▽^;)
投げた本人はその回答だとは思ってないと思います。
だって私自身も、誰から受けた刺激によって、生み出してるか分かってないし(笑)
まあ、でもそんな感じで自分の気持ちを受け止めて
その気持ちを出せる場所で出していくということを心がけてみたらいいと思うんです。
そうすると自分の気持ちを捕まえられるようになって、
普段の会話の中でも自然な流れで、自分の気持ちを言えるようになると思います☆
いろいろお試しあれ~ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
そして今私は「思いつきを口にする」を意識中~。
手ごわいっす☆
思いつきをを「書く」なら
できるようになってきたんだけどねー♪