自分を労る事が出来ていれば
状況判断さえしていればと何度思ったことでしょうか
自己犠牲というのでしょうか
その極みですね
自嘲混じりに話させて貰えたらと思います
奉仕・献身・ケア・援助・救助と言葉が連なる世界でも有り
本人も助けたい気持ちももちろん有ります
若気の至りもあり熱量も盛んにありましたし助けたい一心というか反射的に体が動く程になってもおりました
あ、危ないと助ける事がね常日頃の世界です
自分一人の体じゃ無いと良く聞きはしますがそれを身に染みた事件になります
事件が起きました
自分一人じゃ無いね
あの時私が患者さんを運ぶ担架さえ持ち上げなければ子供がおりる事はなかった
そう思います
私以外の他の人が持てたかも!
妊娠さえ分かり自覚していればと
妊娠の可能性さえ自覚していればと何度も思いはしますが不妊治療を受けある程度ホルモンバランスが戻り自然に任せますと治療を終えた頃のことでした
妊娠しずらいんだと思い込みもありました
そんな折に仕事の予定が入り子作りはお預けでしたし
こどもが欲しい、しかし作れないそう言うジレンマもありましたね
子供一人授かるのにあんなに苦しむことは想像してませんでしたね
それなのにたった1回の可能性が見事おめでたになるなんて!誰が思ったことでしょう
自分を責めたり自己弁護したり
紆余曲折行ったり来たりします
確信はね
あ!助けたいと考えるより体が動いたのです
もう仕方ないなと思いました
その事件当日は仕方ないなと思いました
しかし思考はそう捉えても心が受けいれるまでは繰り返し繰り返し思い出すのです
専門家も折り合うことだと言うのですが長年看護師として働いた私なりの助けたいと思う信念が我が子を死なせたと感じてからは仕事に身が入らなくなりました
信念が打ちのめされてからはです
心の柱を失ったかのようです
家庭を築くようになり元主人が体調不良で仕事を休んで療養してるのに私は病院へ出勤して行くのです
他のより重病の患者さんが病院で待ってるそう思いながら後ろ髪引かれながら心を切り裂いて玄関のドアを開けます
もちろん彼も看病程の病状では有りませんが彼は思うのです俺より仕事を取ったと思い始めるのです
家庭を築くことそして自分の信念の揺らぎ
そして家族の仕事への理解と協力なしに行えるものでも有りませんでした
心身の過労はピークとなり体からSOSが発信されておりました
それでも仕事を続けたいそう思う中の事故でした
起こるべきして起きたトラブルだともいまは思えて仕方がありません
そして事件発生!したのてす
その事を何度も何度も咀嚼しては自分なりに解釈を与えてきました
自分が健康でなければ何事もなし得ないとそう言う結論なのです
自分を後回しにするようでは未だ未だ半端者なのですから~
道半ば
もう少し歩いてみようと思えました
あの子が教えたのは私の健康のことなのですからムリをせずに健康を保ちながらこの人生を歩むのだとそう再認識したのです
やっぱね健康大事です