in the box,in my handなどと習って、inは「~の中」とイメージ(これはこれで大事だ)が出来上がる。ところが、Please introduce yourself in English.とは何ごとか?と、出来つつあったものが裏切られる。もちろん「お、そんな使い方もあるのか」と、無理にでも納得したほうが学習者としては幾らかプラスだろう。
私は二回米国に行ったことがある。
I have been to the United States twice.なんだけど、漢語では、
我去過両次美国。(私)(行ったことがある)(二回)(アメリカ)
※英語にも日本語にもない、妙な語順であるが、こう言わないと中国人に怪訝な顔をされる。高島俊男も書いていたが、現代漢語を習うと、高校時代の「漢文」が馬鹿馬鹿しくなるし、また、そう思わないとおかしい。
拘泥することなく受け入れる。英語も中国語も作ったのは自分じゃない、要は理屈じゃなくて慣れだと、開き直った方が早い。これが【慣】。
前にもここで書いたけれども、新潮文庫/スタインベック/赤い小馬の邦訳担当の西川正身の名前が印象に残っていた。四十年の歳月を経て、図書館の世界文学全集の巻末に再び西川正身の名前を見つけた。読者寄りの非常にいい解説をしているではないか。西川訳のモームの本を手に入れたし、『西川正身エッセイ集』まであることを知った。これが実に面白い。スタインベック小説に傾倒し、尚且つ優れた訳者がなければ、こういう出会いもなかったはずである。これが【感】。感動、好感、感心、そういったものが必要なのだと思う。
「鮪」「囿」「蝣」「耰」これらの音読みは何ですか?日本人がそれほど頻繁に使っている漢字ではありません。鮪は‘まぐろ’ですが、この字を知っている人も音読みを意識したことはあまりないでしょう。
四つの漢字は全てユウです。だいたい、推測はできますよね。有、遊、優などの漢字を知っているし、漢字に囲まれた生活をしていれば、世の中の概ねの漢字は形声文字であると何となく感じている。その一部分から読みを推測できるような【勘】が働いているのです。潜在的に感知していたものが表に出る瞬間があるのではないかと思います。
難しい漢字があったとしても、様々な本を読み続ければ、いつの間にか読めるようになる。知らない英単語ばかりでも、初めは辞書を繰り繰り、そのうち、知らない語があっても、文脈から類推できるようになる。我慢する意味の【堪】。これもカン。
慣、感、勘、堪と四つのカンは相関関係にあって、【観】も大事だし、堪えたその先に【歓】もあるんじゃないか、そんなことを昨日考えた。冒頭に挙げたinは【涵】と理解したらどうだろう、と余計なことまで考えた。あ、それからチャート式数学に書いてあったけれども、関数は、元々は函数と書いたらしい。