先日も
蚕与音ちゃんの記事を
シェア、わかち愛
させていただきましたばかりですが
本日もわかち愛、
させていただきます。
心がただそう感じるままに
流れ込んで来た感情に
あるがままに氣づく
ずっとずっと遠い古の昔から
わたしたち人間が生きている空間の外側から
わたしたち人間の生き様を
俯瞰的に眺め続けて来ておりました
わたくし
そんなわたくしが
わたしたち人間が生きている空間の
その渦中の視点にフォーカスし
向き愛しようと覚悟を結心いたしましたのは
わたしたち人間が
平面のスピリチュアリストたちに
惑わされるコトなく
自身で自分を助けながら
成長して生きられますように
自身で自分を
幸せに生かしてあげられますように
そのお手伝いが
わたくしには出来る
そうただ、あるがままに
氣づいたからだったのです。
自己観照とは、
主観を外し 今起きていること、
感情を静かに観察すること
心のなかに流れ込んできた不安や恐れを
正当化せず、
ポジティブに変換しようとせず、
ただ、あるがままに気づくことです。
これは今のスピリチュアル界に欠如しているもののひとつだと
私は感じています。
自己観照なくして
悟りはありえません
もしも、この「自己観照」の作業をせずに霊的体験やワンネスを体験してしまうと
その人は中身のない箱のような
ただ自分の体験を
周りに聞いてもらいたい、理解してもいたいと
子供染みた主張をするエゴイスト
になってしまいます。
「あなたは神に選ばれました」
「あなたの進みべき道は決まっています」
「あなたの選択は間違っています」
など、どなたかもわからないような方に突然
神のお告げと称するメッセージを一方的に送ったり
自分の持っている、知識を周囲に理解してもらいたくて仕方がない、という押し付けスピリチュアリストも
実際に存在します。
現スピリチュアル界の
本当の姿を
客観的に主観を外し、
冷静に見直す必要がある
と感じます。
そのためにも「自己観照」を続けてください。
そのスピリチュアリストさんの言いたいことの
根本はなんなのか、
主観からものを
言っていないか?
など
十月十日より
受付開始、いたします。






