双子の白い太陽の神✨✨❤️✨✨ | みらくる☆彡

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2/13はGate#26「大きな輪ができる日」。

清らかな泉に手を伸ばせば、指先から潤いが全身をみたしてゆく。

誰かと手をつなぎたくなり、自然に引きあい惹かれあい。

つないだ手と手が輪になって、地球に大きな輪ができる日。

(数字のメソッド/辻麻里子)


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。。。つづき


2. 王位継承数字

イナンナはウツと双子故に、太陽女神と見なされ、
ウツの配偶者とも見なされた。
それは王位継承数字が物語る。
ウツが20で、イナンナが15だが、ニビルの法律では、
妻が夫よりも5小さい数字なので、
王位継承数字的には、ウツとイナンナは夫婦である。
双子かつ数字のカバラ的に夫婦ならば、言わば一心同体
故に、天照大神(ウツ)豊受大神(イナンナ)という、
籠神社の極秘伝となる。
また、イナンナはアメノウズメの原型でもあり、
アメノウズメの夫は猿田彦=ニンギシュジッダだから、
ニンギシュジッダとウツが重なる。
(ニンギシュジッダはエンキの息子で、エンキと共に、
猿人・原人の遺伝子を操作して人類を創成した。)
猿田彦=ニンギシュジッダは天孫降臨の導きの神だが、
ウツもまた、ギルガメッシュを宣託で導いた神である。
この、ウツとニンギシュジッダの重なりとは?





 
また、ウツとイナンナの叔父にあたる
雷神イシュクル(アダド、ゼウス、インドラ)の王位継承数字は、
彼らよりも小さい10である。
本来ならば、イシュクルが20でも良さそうである。
ウツとニンギシュジッダの重なり、そして、
叔父イシュクルより優先された王位継承数字。
これらの謎を解くカギは、マヤであり、縄文である。



3. マヤ文明創始物語


縄文はこれまでの投稿記事にいろいろ記載してきたので、
マヤ文明の創始についての物語を紹介しよう。
・大洪水後、シュメール、エジプト、インダスの各文明が創始された。
エディンからアフリカに追放されたマルドゥクは怒り、
エディンに神聖な自分の都市を造ろうとした。
彼は手下の地球人を使い、天にも届く塔を造ろうと目論んだが、
エンリル一族のニヌルタやイナンナによって、
完膚なきまでに叩きのめされた。
聖書で言うところの、バベルの塔である。
人類とアヌンナキの言語が一致していたので、
このようなことが起こったことから、
地球人の言語を地域毎にバラバラにすることが、
エンリルによって決定された。
マルドゥクがこのようにエリドゥに居た時、
彼が不在のアフリカでは、異母弟のニンギシュジッダが
“崇高な神”として振る舞っていた。
そして、かつてマルドゥクが計画したことは撤回され、
ピラミッドも2山だったのが3山とされ、
石棺も入れて“死と復活”を象徴するカバラとされていた。
ニンギシュジッダは科学者であり、知恵の神である。
彼ら兄弟は大騒ぎを繰り広げ、激しい口論を始めてしまい、
350年間、彼らは言い争った。
そのため土地は混乱し、兄弟の間で分割された。
とうとう、父エンキの助言により、
ニンギシュジッダが他の土地へ旅立つこととなった。
大洪水後、金が豊富に見つかった中南米に行くことにし、
信奉者の一団と共に旅立った。
650地球年のことだった。
(地球年の開始は、アヌの最後の公式訪問のBC3,760年である。
この年は、ユダヤ暦開始年と一致する。)
これが、オルメカ文明の発祥となり、
後のマヤ文明や環太平洋文明圏の発展に繋がっていった。
オルメカ文明ではアフリカの黒人そのものの石像が発掘されるが、
それはこのような理由である。
そして“翼のある蛇”ケツァルコアトルと呼ばれたニンギシュジッダ
は、
独自に新しい年数カウントを始めてしまった。
独自の暦と20進法である。
それは、宇宙の活動を反映する天体の運動に連動するものだった。
その後のアフリカでは、ニンギシュジッダの真相は
マルドゥクによって消され、知恵の神トートとされた。
トートはヒヒ故に、日本では猿田彦大神と呼ばれた。
そして、ニンギシュジッダがピラミッドを設計したことを記念して、
スフィンクスの顔は彼の顔とされたのだが、
それもマルドゥクの息子ナブの顔に変えられた。



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2013年11月


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「 わたしもマヤで、神官をしていました。」

そんなお話しを
その場で初めてお逢いした人に
お話しておりましたのは

秦野のとある場所で
ニコニコ けいこさんと、中山康直さん
田村まゆみさんの

トークライブに参加しました時のことでした。

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ニコニコ けいこさんが2回目の再会で
和多志が誰なのか、を見抜かれました
その時のことでした。

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