心の華を、咲かせていました。
「 そうだった 」
これから自立してゆく人たちに
背中を押し手放すためのコラボを始めてからずっと
わたしは何一つ
創造など、してはいなかった。
想像からの創造ではなく、
「生成」だった。
ただ、今ここに在る自分を
表現した、=流し出した
だけ、だった。
十二十の、新月明けの時から
過剰なくらいに反応したわたしから
「 もう、終わり、でいいんだよ。
もうキミは、やり尽くした、からね。」
と、樹付かせてくれていたのでした。
わたしはもう
やり尽くした。
すでに、飛び出している。
サンスクリット語に「パーラミター」という語があります。
「完成する、成就する」というような意味です。
般若心経に「般若波羅蜜多」というくだりがありますが、ここでの「波羅蜜多」がまさに「パーラミター」を音写したものです。
ごく大雑把に言えば、欲や煩悩、苦しみに塗れた輪廻の世界を脱し、迷いのない悟りの境地に至ることが大乗仏教における「パーラミター」であるわけです。
これがやがて日本古来の自然観や先祖崇拝と結び付き、私たちの生きる世界をこちら側の岸、すなわち「此岸(しがん)」と呼び、迷いを脱した境地を「彼岸」と呼ぶようになったのです。
11/19はGate#209「連続性を見つける日」。
閉じた宇宙と開いた宇宙。
閉じた宇宙は止まって見える。
壁にぶつかって動けない状態でも、物事は水面下で微(かす)かに動いている。
閉じた宇宙の中でも、最後まで一縷(いちる)の望みを持つことが肝心。
(数字のメソッド/辻麻里子)

































