2011年の12月1日のコトだったのか、
あの3.11から、より加速して
わたしがワタシの記憶を取り戻していく中
阿閦如来の記憶に辿り着いたのは。
日本における阿閦如来の彫像は、五仏(五智如来)の一として造像されたものが大部分であり、阿閦如来単独の造像や信仰はまれである。重要文化財指定品で阿閦如来と称されているものには、奈良・法隆寺 大宝蔵殿南倉安置の木造坐像、和歌山・高野山 親王院の銅造立像がある。
インド仏教の末期では、イスラム教 の台頭と仏教の衰退を背景に後期密教において憤怒相の護法尊が多数信仰されるようになった。後期密教では五智如来の中心が大日如来から、護法尊を統括する形で阿閦金剛仏へと転換していった。インド仏教・後期密教の最後の経典である時輪タントラ でも、本初仏(勝初仏)として阿閦金剛仏たる阿閦如来が主尊である。時輪タントラではシャンバラは阿閦如来を本地とする憤怒尊を本尊とするカーラ・チャクラで満ちているとされ、無上不動の信仰・知恵を得ることが説かれる。
- 光明皇后 が自ら建立した法華滅罪寺の浴室で1000人の民の汚れを自ら拭うという願を立てられたが、1000人目は皮膚から膿を出す病人であり、皇后に膿を口で吸い出すよう要望した。皇后が口で吸いだされると病人は阿閦如来と化したという伝説がある。
11/16はGate#176「新たな気づきがもたらされる日」。
虚空に刻まれたゲートの奥から、緊急を告げるアラームが鳴っている。
何か急を要することに対して、新たな気づきがもたらされる日。
まったりした気分でいると、重要なサインを見逃してしまうだろう。
(数字のメソッド/辻麻里子)
カーラチャクラはタントラ(密教)

カーラチャクラ曼陀羅
カーラチャクラは、チベット密教の最奥義である無上ヨーガ(瑜伽)・タントラの代表的な聖典である。聖典によると、カーラチャクラは、シャンバラ国のダワ・サンポ王が受けた教えとされ、シャンバラ国はカーラチャクラの教えの行き渡った特別な国になったとされる。
カーラチャクラは、「時輪」と訳され、「カーラ」とは時間を意味し、「チャクラ」は存在を意味する。あらゆる時間は存在の中にあり、あらゆる存在は時間の中にある。本来、生きるものは全て仏性を有し誰でも仏となる可能性を持っている。極めて高度な内容にも関わらず、世界平和への祈りが込められているため、この教えの門は広く一般の人々に開かれている。
三身 ―カーラチャクラの基になるもの―
カーラチャクラでは、「空身(トンスク)」、つまり空のからだと言うものが説かれており、無上の不動の大楽、無上の不動の信仰、無上の不動の智慧を得ることを目的とし、「光明(ウーセル)」についての内容が最も強調されている。
死ぬ時に顕れる光明を「法身」と言う。人が死んで、新たな生を受ける時、「中有(パルト)」という「報身」があり、最高で49日後に、誕生の「化身」を持つ。カーラチャクラの教えは、これらの法身(死の光明)、報身(パルト)、化身(生、誕生)の三身を基にしている。
ルン ―カーラチャクラの鍵―
カーラチャクラでは、ルン*と呼ばれる「風」が、ウマと呼ばれる「中央脈官」に入る最初の過程から、カーラチャクラ・タントラの「究境次第」とする。他の無上・ヨーガタントラでは、「風」を「中央脈官」に集めてそれから究境次第の悟りを得るとする。
*ルン 光明としての心の乗り物となる微細なる風。生体エネルギーのようなもの。このルンにより、無上ヨーガ・タントラなど特別なヨーガが可能となる。
私達は新地球号(みろく丸)に乗り移らないと行けません。
これは大本教神諭九つ花に咲く一輪の言霊の経綸。
これが紐解かれない限り、その意味が理解出来なかったからでしょう。
この九つ花で展開されるのは「ラ」の言霊です。
大本教神諭に一輪の言霊の秘密とまで書かれていますので、理解されなかったのではないでしょうか?
全ては「虚空蔵(牛虎)」にあります。
この牛とは一元大武(イチゲンタイフ)
この一元大武とは牛の異名です。
そして一元論のことで、宇宙の萬象は無限なれども、其の始めは唯一なり。
始めたる唯一の神を「牛」として表す。
牛虎(ウシトラ)で牛は元神の意味は解っても、虎の意味が解りません。
虚空の虚は「虍(とらがしら)」に「七」とあります。虚空蔵の「七」にあるから、「虎」として告げられたのでしょう。
寅(虎)は神の演技です。その一輪の言霊「ラ」には、草冠に瓜瓜があるわけです。
創造神が隠した天幕の中為に、地球霊界に関わる神々をして解らない存在。
艮(ウシトラ)で宇宙元津神(宇志採羅)は、退の隠り(隔離)神と解るはずなのです。
注連縄(しめ縄)は、主(国常立尊様)を神界の表舞台から隠したものと言われます。
しめ縄の別名は「七五三」縄
七五三として閉ざしてあったわけです。
私達は三次元様式の肉体から五次元様式の体にならない限り、五次元界に進めないことになります。
その為には、人は死んで(肉体は終わって)も生きていると知って置く必要があります。
五次元にアセンションしない出来ない人の場合はどうなるのでしょうか?
その場合は、今の三次元様式の地球に留まるのです。これが、神は裁くではなくて捌くの別れです。
では何故に人類救世の為にみろく丸が来るのでしょうか?
それは、この地球の命に関わること。
私達の魂の真ん中には、魂の命の根元があります。
それと同様に地球の核も地球の命の根元なのです。
もし、地球の核たるマグマに異常があれば、日月(暦)は正常に流れないのです。太陽を回る軌道から離れることになるのです。
神が何故に悔い改めよと言い続けて来られたのか?
それは、私達が自己の魂を汚すことは、この地球を壊すことになったからです。
人々の心の荒廃によって、地球の核も荒廃したのです。
愛の教えは尊い教えであっても、悔い改める(良心)が無いと魂の修正が出来ないのです。
私達は地球の上で命を頂いて暮らしています。
そして、この地球も生命体として生きていると言われて来ました。
地球は宇宙に浮かぶ船なのです。
修理とは、私達は「理」を修めなければならなかったのです。
理とは、人の力では支配し動かすことの出来ない条理、道理、物ごとのすじ道。もしも、人類が理を修めていれば「神」の存在も見えたはずなのです。
神は三千年以上前から言葉の仕組みで、言葉で証明が出来る様に仕組まれて来たのです。
それが「弥勒・369」の仕組みなのです。
お釈迦様の悟りは、人に内在する良心神を悟られた。
これまでの三次元の地球の意識では、五次元から始まる意識とは違いますので、在来線(古い地球の意識感覚)では線を繋げないのです。ですから乗り換えて下さい。
ハトホルの地球母神としての女性性を
導いてくださっていた国常立さま。
三五七と解く九十も
深い悲しみから沸き起こる怒りを
昇華する術を得なくては
地球を足で踏ませていただきながら
生かしていただいているのです。



















