十四番目の記事を発信します





東は扶桑(二三)なり、日(⦿)出づる秋(とき)は来にける。
この巻扶桑(二三)の巻。
続く六の巻を合わせて七の巻一百四十四帖の黙示を五十(いせ)黙示と申せよ。
イシもの言うぞと申してあったが、イセにはモノ言うイシ(石)があると昔から知らせてあろうがな。
五の一四(いし)がもの言うのであるぞ。
ひらけば五十となり、五百となり、五千となる。
握れば元の五となる。
五本の指の様に一と四であるぞ。
この方を五千の山にまつれと申してあろうが。
これがイチラ(五千連)ぞ、五十連(いつら)ぞ。
分かったか。
五十連世に出るぞ。
天に神の座があるように、地には人民の座があるぞ。
天にも人民の座があるぞ。
地に神の座があるぞ。
七の印(しるし)と申してあるぞ。
七とはモノのなることぞ。
天は三であり、地は四であると今までは説かせてあったなれど愈々時節到来して、天の数二百十六(216)、地の数一百四十四(144)となりなり、伊邪那岐三(3)となり伊邪那美二(2)となりなりて、ミトノマグアイして五(5)となるのであるぞ。
五は三百六十(360)であるぞ。
天の中の元のあり方であるぞ。
七の燈台は十の燈台となり出づる時となったぞ。
天は数ぞと申してあろう。
地はいろは(意露波)であるぞ。
分からん者が上に立つ事となるぞ。
大グレン目の前。
日本のみの事では無いぞ。
世界中の事であるぞ。
今度は三千世界が変わるのであるから、今までの様なタテカエでは無いのであるぞ。
何もかも鏡に映るのであるぞ。
鏡が御神体であるぞ。
何も映らん御神体のカガミは何もならんぞ。
無理なく出来るコトを
天と地の
元氣にしてあげる九十。
ありがとうございますと生きる
御心事、みこころごと。



















