● 震災10年の美代子のあゆみ

こんにちは。平山美代子です。

カウンセリングも講座も、好評です。毎日申込みをいただいてます!

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さて。今日は

「震災10年のわたしのあゆみ」

として、わたしの10年間をここに残しておきたいと思います。

リブログを複数するとうまく投稿できないのでリンクを貼ります。

10年目の備忘録として、読者のみなさんの励みになってもらえたらいいなと思いました。



以前の講座でこんなことを言ってた時期があります。

「ほんとうにしんどい時は、他の人のことなど考えられないということ。

理性をもこえてしまう心理状態なのは、それだけ理性を抑えられないしんどい状態にあったこと」


わたしは、震災をとおして、そのように思うことがありました。

それが書いてあるのが、2011年3月11日のこの記事です。

興味ない方は、スルーしてくださいね。


1、地震津波でご心配をおかけした皆様へ(2011年3月11日)


2、「家族の日」と命名〜1年目の今日〜(2012年3月11日)


3、今年の初めに贈り物をしていただいた方、大変遅くなりましたが、お返しさせていただきました。(2013年3月11日)


4、谷が深いと、山は大きい♪(2014年3月12日)

2014年からは、11日当日になると記事が書けなくなりました。

たくさん思うことがあって、言葉にまとめられなかったのです。

それも震災2年目から、中学になった下の子が不登校になりました。

自分の子供が不登校になるなんて思ってもなく、対処のしかたにとても困っていたのです。

ここで知ってる親子カウンセラーさんのメール相談をはじめて受けました。

両親との関係が、自分の親子関係にリンクするということをここで知りました。

ただ自分の中で完全に腑におとせていませんでしたが。

このころのわたしと子供の親子関係は良くなく・・・

ときには、子どもと取っ組み合いのケンカをし。

苛立って、石油ストーブを叩いてへこませてしまったりもしてました。

子供の腕がわたしの目にあたり赤く充血してしまったこともあります。

それでも離婚後3年目、起業したてでしたので、仕事にあけくれていました。

子供たちはそれが寂しかったんだと思います。

ご飯を残り物でササっとつくるわたしに対して、オシャレなカフェご飯が食べたかったとか

ほかのお母さんのように、学校や塾まで自分たちを車で迎えにきてほしかったとか。

あとでそのように泣きながら訴えられました。

わたしは、わたしなりに子供たちのことを思っていたのですが、愛情をどうやって伝えたらいいか、わからなかった。

わたしの母は、「見守る」ことをよくしていたのであまりあれこれ言われなく育ちました。

怒られたこともほぼありません。

そのために、「愛情は見守るもの」だと思っていましたが、子どもたちはそうじゃなかったようです。

警察の方や学校の先生にもたくさんお世話になって、

わたしの携帯電話が鳴るたびに、ビクビクしていました。

頭を下げてばかりだった。

夜中に電話が鳴ると、事故にあったんじゃないか、もしかしたらなにかあったんじゃないかとか。

過去に突然の電話が鳴り、兄が亡くなったと聞かされたことがトラウマになっているんですよね。

また電話だ・・・

というように、電話がなるとほんとうに疲れ切っていました。

そんなとき、断捨離のやましたひでこさんのトークショーのようなものが地元であり興味があったのででかけました。

そして、ご本人の前で感想を伝えたいと思ったら、涙がながれ・・・

ご本人の前でそりゃもう号泣したのです。

あんなに号泣したのは久しぶりでした。

ずっとひとりで抱えていたんだと思います。

「子供がこんなふうになってしまって・・・」

ってだれかに相談でもしたら、自分がまるで全部悪者扱いされ責められる感じがして、それに耐えられなかったんだと思います。

だれにも言えなかったんですよね。

そこで気づいたのは、ずっとわたしは、自分と子供たちを責めつづけていたということでした。

ひでこさんご本人が教員のころの話をしてくださって、そこでおっしゃっていたのは

「デキ」の悪い子供は、勉強ができないのではなくて、覚えるのに人よりちょっと時間がかかるだけだと。

我が子供たちは、不登校で夕方にちょっと行くだけの毎日。

子供の将来をとても心配していたので、その言葉がものすごく救いでした。

子どもたちそれぞれをしっかり尊重する機会をもらえたのもそれからです。

「尊重」

やっているようにで、やっていませんでした。

その後、2019年のコロナが流行る前にやましたひでこさんに直接お会いする機会があり、当時のお礼を伝えることができました。

「自分の子はみんなに褒められるようちゃんと育てよう。」

「○○さんの▲▲ちゃん、すごいね!って言われるような子に育てよう。」

こんな気持ちばかりで焦っていたのでしょうね。

まわりの同級生の◎◎ちゃんとくらべ、我が子の評価を気にしていたんです。

「お母さん、▲▲(娘)の気持ち、わかる?」

って何度も何度も子供たちに言われていました。

そんなことがあり、子どもたちから教わった出来事が震災がキッカケだったんです。

あとは、人に頭をさげて感謝することもそうでした。

震災があってから、わたしは人に感謝することを「思う」だけでなく

「表現して」「カタチにして」こそ身になることを覚えました。


5、私は、昔、がんばる自分が大好きだったのです(笑)(2015年3月11日)

震災のことは書いてないですね。

このころから、なんとなく思い出したくなくなりました。


6、生きるか死ぬかは、隣り合わせで(2016年3月11日)

そして、また翌年。

このころからは、震災でひどく傷ついた気持ちを癒すため、自分のために記事を書くことにしました。


7、自分勝手な、よろしくない妄想は、やめましょうね。^^;(2017年3月12日)

この年も11日は書いてませんね。


8、ほんと、皆さんに男性心理を知っておく事、おススメです。(2018年3月12日)

この年も11日は記事を書いていませんね。


9、生きるか死ぬかは、隣り合わせで(2019年3月11日)

去年とあまり気持ちは変わっていないと記事にのこしています。

自身のフェィスブックでは、8年目の今日と題して、

「毎年この日になると思いがつまり、なかなか記事が書けなかったのですが、自分を癒すためにも今年は書きたいと思います」

とつづっていて、3回つづけて過去のことを思い出しながら書き綴っていました。

そこには、当時の写真が1枚ありました。


10、「あなたが変わらないのは、○○さんが実践しないからよ」と言われてませんか?(2020年3月11日)

まったく関係ない記事を書いていますね。

メルマガには2年前くらいから、あのときの出来事を書いてきました。

昔からの読者さんは、もうわかっていらっしゃいますね。

ブログに書くのは、今までなんとなく気が向きませんでしたが

今回は10年目ということもあって、しっかり記事にのこしておきたくなりました。

これからの10年もきっとあっという間にすぎるでしょう。

1年1年、気持ちを引き締めて向かいたいと思います。








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