先月から、今までにない勢いで断捨離に取り組んでいます。
といっても、まだようやく不用品を捨てきっただけで、本当の断捨離はこれから、という段階。
子供の頃からとにかく物が多かった。物が多いことが豊かさだと思っていた。
だけどもう限界だった。物に圧迫される暮らしから、この家から、逃げたかった。
だけど、一体どこに逃げたらいい?
この大荷物を持って?
ちょっと片付けて→そこにまた新たな物が増えていく→片付けられない自分に落ち込む、の繰り返し。
私だってホテルの一室のような整然とした部屋に憧れるけど…自分の理想の部屋とは程遠い。
どうして急に断捨離に取り組むことができるようになったかと考えてみると…ひとつ、思い当たるのは、9月の終わりに手に入れたけいこブァールハイト先生のアクティベーションジュエリー。
これが届いてから、長い間、全く動かなかった私の現実(しかもこの夏はアセンションエネルギーにやられて生きる力も失いかけていた)が、少しずつ動き出した気がしている。
ちなみに、先月の畠山よう子さんの瞑想クラブのオフ会で、隣に座ったMさんと、このジュエリーがおそろいだった…というミラクルもあり。
娘が幼稚園に行っている間、やましたひでこさんのyoutube動画を流しながら、ほとんど無心で不用品をゴミ袋に突っ込んでいく。
これまでに、大切に大切に、必死で収納してきた物たち。その瞬間は喉から手が出るほど欲しくて増やしてきたいとしい物たち。(それにしても何百回、喉から手が出たことか!!)
ところが、しまいこんでいたものを引っ張り出してみた時、ほとんどが今の私にとって全然使えない必要のないものばかりで、自分の馬鹿さ加減に呆れ果てたし、憐れにも思った。
どれだけ自分の生き辛さを、物で埋めようとしてきたんだろう。
先日、クローゼットの奥で眠っていた箱を開けたら、大量の写真が出てきた。
ほとんどが結婚以前に夫が撮ってくれた写真で(夫の趣味がカメラなので、ものすごい枚数)、10年以上の交際の記録が鮮明に残されていた。パラパラめくってみると…すぐに気持ち悪くなってきた。
写真の中の私は、世界を憎み、怯えていた。
笑っている写真はほとんど無くて、不機嫌な表情が多かった。
ずっと、生きていくのに必死だったから。自分が大嫌いだったから。幸せなど、私には関係ないと、本気で思っていたから。
今よりだいぶ若い夫の姿も、直視できなかった。大好きだった時も確かにあったはずなのに、どうやら、残念だけど、私は本当にもうこの人のことを愛していないのだと実感してしまった。
私は躊躇なく全ての写真を捨てた。(まぁ、どうせ夫が写真データを残しているだろうから、というのもあったんだけど。)
そのすがすがしさと言ったら!!
(次は卒業アルバムを捨てようと思っているけど、処分の仕方がわからず保留中。)
そんなふうに過ごしていたら、最近、ある人と急に会えなくなって少々戸惑った。
今年に入ってから、その人とのエネルギーコードを切りたくて、ミカエルにエネルギーコードを切ってくださいと度々お願いしていたけれど、それでもずっと頻繁に顔を合わせていたので、お互い、何かしら解消しなきゃならないことがあるのかなぁとも思っていた。
(決して嫌な人ではなく、むしろ好ましい人なのですが、諸事情により離れたかったのです)
離れたいという気持ち以上に、この人なら私を大切にしてくれるかも、という甘えや傲慢な気持ちが私にあったのでしょう。それを手放したくなかったのかも。
だけど、ようやく、私は「いちばん」を選び始めるんだろう。
自分にとっていちばん大切なもの。
いちばん必要なもの。
自分が本当にやりたいこと。
自分に不必要なものにエネルギーを流している余裕なんて、とてもない。
自分にとっての「一軍」と、心を通わせて付き合っていくんだ。
それでも、去っていった人が与えてくれた優しさや愛情の欠片に、心が温められたこともある。
私を大切に扱ってくれてありがとう。
今になって、感謝の気持ちが溢れてくるのです。
去っていった人には伝えられなかったけれど、今、これから自分が手放していこうとしているモノには「ありがとう」って声をかけることができるね。
少しずつ空間が広がっていく部屋は、私の宇宙そのもの。
空間に流れる風を、今まで知らなかった。
空間が広がるほどに、実は満たされていくことを。

