今日、ある人に、タロットをやっていて、
「(リーディング結果を)適当に言ってるんだな、って思った」って言われた。
今までだったら、あそこで怒っても良かったし、
傷ついても良かった。

でも、なんか傷つけないし、どうでもいいな、と思ったんだよね。

わたしの中では、そのタロットの並びには一本、筋が通っていた。
けど、ちゃんと説明はできないし、
信じてもらえないだろうと思ったから、言えなかった。
だけど、こんな、人からの急な振りでも、
わたしの宇宙と潜在意識は対応してくれるんだってびっくりしたんだ。


もう、それだけで良かったんだよね。
ちゃんとわたしはわたしとつながったから、わたしがOK出せるから、相手がなんて言ったっていいんだって。


タロットは、確信をもたせてくれる。
「そうだよ。あなたが感じたことは、偶然じゃない、ちゃんと確信を持っていい。」
そうやっていってくれるように思えるから。
もう、それだけあればいいんだ。


◇◇
そんなことがあって、なんか、ざわざわするって思ってたの。

それは、ああ、もう、人に傷つけられることはないんだ、
っていうがっかり。
もう、ぜんぶわたしの中にあるっていう確信。


そうか、
もう人には傷つけてもらえないんだ、
とおもったら、
ちょっと悲しくなった。


なんだ、もうわたしは、
裂けるような苦しみを、
人から与えてもらえないんだ、
と思うと、わたしの胸は少しさびしい。


あまりに、そこだけに頼ってきたから。
あまりに、傷ついたり、傷つけたりすることを、
大切にだきしめてきたから。


それこそが愛だって、誤学習しすぎてきたから。
それがなくなるのって、ほんとさびしいなあって。



でもいいの。死ぬほど体験したから。
もう、そのさびしさも、解放するんだ。




さよなら、わたしの張り裂けそうな想いよ。

ありがとう、わたしのfragile。