わたしが物心ついたとき、
母はすでに育児ノイローゼでした。
海外に単身赴任中の父、
3歳のわたし、
ゼロ歳の双子の妹。
そのせいか、
わたしの幼少の頃の記憶には、
父に関する記憶はほとんどない。
記憶にあるのは、
母の躁鬱とヒステリーによる暴力と拒絶、
わたしよりも手間をかけて育てられたように見えた、双子の妹たち。
母を求めるほどに、
わたしだけはいつも祖父母に預けられてしまう。
母はわたしに興味がないのだ、
だって双子は特別な子供だけど、
わたしは双子に生まれてこれなかった、
「ただの子供」なのだから。
子供ながらに、
そう「理解」していた。
それと同時に、
特に「優しいお母さん」の愛情を一身に受けている近所の子供達が大っ嫌いだった。
だからよく、
自分でもわからないタイミングで湧き上がる怒りに任せて、
特に溺愛されている子供を見ては、
殴りかかっていた。
わたしは驚くほど、
暴力的な女の子だった。
あの時の、その男の子の母親の、
わたしをねっとりとした憎悪の目で見つめる顔が、
今でも忘れられない。
産まれたばかりの息子を見つめながら、
何度も当時のそんな光景がフラッシュバックした。
この子を、わたしのような、
愛情不足の理不尽な性格の、
心理的に未熟で可哀想な子にしてはならない。
わたしは絶対に、母のように狂ってはいけない。
何があっても、優しい愛情を注ぎ続ける母親であらねばならない。
母として、正しくあらねばならない。
「母として正しい女」とは、
なぜかわたしの中では「妻としても正しい女」でもあって。
優秀な妻であり母である育児の先輩でもある、
夫の妹さんからいただいた離乳食グッズをひとつも無駄にしないように、
お粥を炊いて裏ごしして、
それを育児本の通りに小分けにして保存していた。
息子は確かに可愛かった。
ふつうに赤ちゃんらしい赤ちゃんだった。
わたしが睡眠時間を削って買い物に行き、
家事をこなし、やっと作ったお粥を楽しそうに吐き出すのも、
ふつうの赤ちゃんなら当たり前にすることだ。
だけどわたしは、
思い通りにならない息子に、
明らかに苛立っていた。
そうしているうちに帰宅した夫のために、
帰ってきてからちょうどいい温度に料理を温めなおして、
夫が部屋着に着替えて席に着くまでの一分一秒が、
なにかのテストを受験しているような時間だった。
そして、息子の話をする。
せっかく作ったお粥も、
丁寧に裏ごししたのに食べてくれなくてね。
おっぱいしか飲んでくれなくて、
いまの月齢なら、もっと食べてくれても良いのに。
「子育てなんて、そもそも糞尿にまみれてするもんだ。粥を吐き出すぐらい、どーってことない」
ああそうか、それもそうだ。
やはりわたしが、
母としての心構えが足りないのだ。
夫は外でお金を稼いで来てくれているのだし、
そもそもこんな愚痴を言うわたしが、
人として欠陥が大きすぎるのだ。
そう思った。
しかしわたしはそのうち、
言葉以外の様々な手段で母親であるわたしと戯れてくる息子の行動に、
微笑んであげられなくなっていった。
そのうち、息子はどんどん人見知りの、
やけに大人しい子供になっていった。
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