昨日のこちらの記事↓の続きです![]()
で、わたしがこちらで
自信といいますか、
最初は「これがわたしのMaxの頑張りです!!」っていうところをやりきった感だけです。
ていうかそれは今もあんまり変わらないんですけどね。
と申し上げましたので、質問者様から
その方が自分で自分を最高の状態にしている自負があるなら、それで堂々とドーベルマンを宣言していいってことですよね?
とお返事をいただいたのですけれど、
わたしの考え方ではそれはそれで当たらずも遠からず、
という感じでして。
まずですね、「美」に重きをおかれている女性は、
先ず己の美意識の高さに自信を持って良いのだと思っています。
「きれいなものが好き」
「きれいなままでいたい」
「きれいなもの以外はできるだけ欲しくない」
↑
そう思っている・そう感じている自分のことを、
もっと自信を持って受け容れちゃっていいと思うということです。
「こんな(美についてはまだまだ体現できていない)わたしが、
こんなことを堂々と思うなんて、おこがましいのでは」
とお思いになる謙虚(というか、わたしには意固地に感じてしまいますが)方をよくお見掛けします。
でも、
「自分がきれいなものを好きであること」
と
「自分がきれいかどうか」
というのは、本来全く別問題ですね。
↑
ここ、結構混同しちゃってる人いるのでまずはポイントとして押さえましょう。笑
で、で、で、
「やっぱり、きれいなものが好き!」と言う人ほど、
その人の中の「好み」というのは割合とハッキリしているものです。
例えばわたしも、とってもハッキリしている自分の美意識(好み)レベルのなかで、
世の中のあらゆるものに対しての美醜をジャッジしています。
↑
もう一度言いますけれど、
このジャッジには、「わたしと比べてどうか」という判断基準は存在しません。
「わたしの好みバロメーター」だけでの判断です。
「美醜をジャッジするなんて、道徳的にどうなのよ。ただの性格ブスじゃん。」
とお思いの方は、しなくていいと思います。
ただ、
わたしにとっては、
わたしの周りをわたしの心地よいもの=わたし基準の美しいものでいっぱいにすることが、
わたしに対する道徳心だと思っています。
いつも言ってるし書いていることになるのですが、
自分の「好き」という感覚について、
もっともと、自信を持っていいと思うの。みなさん。
ていうかちょっと話が逸れてきたので、
まだ続きます。笑
小原綾子のエグゼクティブサロン
2016.8.18♡エグゼクティブレター動画更新しました♪
ご入会はこちらから♪
簡単に
「愛されて」「幸せで」「豊かで」
「大好きばっかり」
の、思い通りの人生設定に
2016年8月26日@東京 1day満席・連続講座募集中
2016年9月1日@福岡 募集中





