わたしはいつから自分で自分を「美人」というカテゴリに入れたのか、
そんなことを今日は午前中からずっと考えていました。
わたしを冷静に直視してみて、
確かに美女を売りにしている芸能人にははるかに劣るし、
藤本さきこ陛下に比べても「絶世の美女度」的なものは持っていない。
でも、こんなわたしを「ブス」というのも、
明らかにそれは言いがかりである、と知っています。笑
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「綾子さんは美人だけど、わたしの好きな美人じゃない」
というならすごくわかりますし、賛同します。
わたしだって、ミスユニバース日本代表を見て、
首をかしげることが何度もあったから。
そして何よりも、
わたしは「わたし」という素材を、
自分の中の美人像に近づけることしかできないからね。
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そう、「美女の自覚」なんて独りよがりでいい。
ただ、自分のことを「お、今日も可愛いじゃん
」と思えるようになるころには、
周りの人からも良く褒められるようになっています![]()
ただ、独りよがりに「美女の自覚」をする人の中には、
わたしの嫌いなタイプ(わたしがブスだと思っちゃうタイプ)も当然いる。
わたしは、できるだけそういう人とは関わらないように、
自分の世界を調整しています。
それって、「自分とは相性が合わない人を避ける」という、
それだけの行為なのですが、
「外見で人を判断するなんてひどい!」と思う人がいるのも知ってる。
だから、そういう人とも関わらないように調整しています。笑
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逆に、周りから褒められることを恐れる美女もいる。
「誰かよりも抜きんでて美しい」というのは素晴らしいことなのに、
「外見の美しさよりも心の美しさが大切です」という道徳観にあまりにも影響され過ぎて。
だいたい、その「心の美しさ」なんてものこそ、幻想なのに。
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美人はもっと強気でいいし、
その美しさを鼻にかけたっていいし、
利用したっていい。
「心が美しいこと」も「顔が美しいこと」も、
その人それぞれの個性であり、美点であり、活かすべき点です。
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わたしは、自分を美しくしてあげようと誓ったとき、
誰かからの称賛を欲しいと思ったことはなかった。
自分を美しくする過程を愉しんでいたら、
周りから褒められるようになって、
でもその頃は、
「いえいえまだまだです」ってずっと言っていました。
だって、自分の理想というのはいつもアップデートされてしまうので、
なかなか追いつけないんですもの!
でも、ある時思ったのです。
わたしは美人になりたかったんだから、
まだまだ自分の理想とはかけ離れているとしても、
美しさを褒められることがあれば、
ちゃんと喜んでみよう!って。
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褒められたときにいちいち喜ぶことも、
喜ばずに「はい、美人です、みたまんまです」と当たり前のように感じることも、
どちらにしても「自分は美人である」という「事実」を受け容れるということ。
それは、目の前にある「真実」を直視するということ。
だってね、あなたが「美しさ」を目指すとき、
誰だってどうしても周りに称賛されちゃうんだから![]()
が深まる「ご自愛ブレンド」 








