・・・・・・・っということで、日本は敗戦によって「民主主義」を輸入したわけですね。
日本国は皇紀2684年というくらい、長い歴史を持つ国です。
日本人ならではの柔軟さで、短期間のうちに民主主義を消化したと思います。
本場の民主主義国より、よほど上を行っているのではないかとさえ思えるくらいです。
しかし、やはり長年刷り込まれてきたDNAはそれほど簡単に変わるものではないでしょう。
同じ民主主義といっても、「日本式民主主義」が随所に見られます。
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いま問題となっている「派閥」の話です。
この問題を理解するのに、ぼくは日本の「村社会」が役に立つと考えています。
村社会とは何でしょう?
「同類が集まって序列をつくり、頂点に立つ者の指示や判断に従って行動したり、利益の分配を図ったりするような閉鎖的な組織・社会を村にたとえた語。」Wikipedia
まさしく派閥は村社会そのものじゃないですか。
派閥が村だとすると、自民党も村です。
さらに、国会議員が村社会の構成員であるとも言えるでしょう。
最近は「地域としての村」にピンときませんが、実はぼくらの社会は「組織ごとの村」なのです。
学校という村、企業という村、医者という村、学会という村・・・など、組織があるところほとんどが村の原理で動いています。
けっして村という単位を否定するものではありません。
しかし、村の持つ欠点に目を瞑るわけにはいかないでしょう。
最大の欠点は「村八分」です。
イジメ、自殺などは村八分にされないための必死の抵抗なのです。
もう一つの大きな欠点は、村を支配するものが必ずしも「村長」ではないことです。
村長という肩書を持っていても、その裏に「実力者」という訳のわからない人物が存在するのです。
表面ではいくら民主主義を装っていても、裏ではその実力者=ボスの了解なしには動かないのです。
これこそが派閥の実態じゃないですか?
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今回のパーティー収入の裏金問題がスッパ抜かれた時、「安倍派」だったのは偶然だとは思っていません。
安倍派は、ボスが不在になってしまいました。
じゃあ、安倍派を牛耳るのは誰か?・・・いないではないか。
安倍派は弱体化したのです。
裏金スキャンダル情報は、意図的に垂れ込まれたものだとぼくは理解しています。
最大派閥の安倍派を弱体化させ、派閥所属議員を囲い込む、あるいは派閥そのものを乗っ取るいいチャンスだったのです。
ところが、予想を超えて、派閥そのものを解散させろというところまで拡大してしまった。
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日本式政治である以上、派閥は名前を変えて、例えば「政策集団」なんてことで目先を変えるかもしれません。
しかし、その実態はあくまで「村社会」なのです。
