タイに移住して
一ヶ月経過目前の頃
日本はGW。
膨大な電話代にビックリして
「これからは文通にしよう」
と伝えた彼が
バンコクに来ることになった。
到着する時間に
空港へ迎えに行った。
フライトの時間を確認して、
出口で待つ。
同じ便名のタグをつけた人が
たくさん降りてきた。
もう来るかなー。
もう来るかなー。
もう来るかなー。
・・・・・・・
なかなか来ない。
来やしない。
人の波は途切れた。
あれ?
トラブルかな?
なんかあったのかな?
それでも全然来ないもんだから、
インフォメーションにて
場内アナウンスをしてもらった。
3回も。
あっ、
来るのやめちゃったのかな?
でも
もう少し待ってみよう、、、、。
【待ち人来ず】
辺りはどんどん暗くなっていった。
3時間、、、
もう来る可能性はない。
仕方ない、
マンションへ帰ることにした。
何を思ったか
私は、手ぶらでポケットに
200バーツしか入ってなかった、、、
当時空港からは、
タクシーも
あまりメーターを使ってくれない、、、
何台も訪ねたけど
みんな300バーツとか言うし、
もーっ、
「私、200バーツしか持ってないんですが、
スクンビット65まで行ってもらえますか?」
と、願いを込めて聞いたら
ピンク色のタクシーが
承諾してくれた。
万が一、なにかあったら
200バーツしか持ってこなかった
自己責任。
無事、マンションに到着した。
エントランスに人が数名。
なんか話していた。
なんかあったかな?
とタクシーを降りると
みんなでこっちを指をさし、
「ゆうこー!」
笑!
人だかりの真ん中に、彼が立っていた。
文通をすることになり、
送った手紙の封筒に記載した、
マンションの住所、
それを手にして立っていた。
文通が役に立った!
彼は、
空港のイミグレを出る前に
中で繋がっているトランジット用の通路を
歩き、
第一ターミナルから
第二ターミナルまで行ってしまい、
そっちの出口から出たそうだ。
ハンドキャリーの荷物だけだったから
ターンテーブルに寄る必要なく、
人の流れについて行ったら
第二ターミナルだったらしい。
その人達は、
乗り継ぎやったんやでー。
彼は彼で
迎えにきてねーじゃん
と、身振り手振りでタクシーに
乗って、マンションまで来たらしい。
でもね、
背中に、
醤油やら、みりん、そうめんなど
いっぱい
背負って来てくれたこと
今でも感謝しています。
ドンムアン空港には
たくさんの思い出があるなぁ。
タイ移住備忘録13
