私のこれまでの人生、
母を喜ばせる為に生きてきた。
幼少期、
父が病気で仕事を休みがちで、
母がパートに出て家計を支えていた。
父が家で暗い顔で塞いでいても、
母はいつま明るく強かった。
そんな母を私は助けたかった。
だから一人で寂しくても、
無理は言わなかった。
通信簿で良い成績を取ると、
母は私の自慢をしていた。
ちょっと恥ずかしかったけど、
それでも嬉しかった。
もっと母を喜ばせたい。
母の自慢の娘になりたい。
気がつけば、私は母の為に
頑張ってきたのかもしれない。
社会人になると
母を旅行に連れて行った。
キレイな景色を見たり、
美味しいものを食べると、
「今度はお母さんを連れてこよう」
いつも母を思い浮かべた。
そんな母が82歳で認知症になった。
私は東京での暮らしを捨てて、
実家に戻った。
すこしでも母の側に居たかったから。
でもだんだんと、
母は私のことを忘れて行った。
ある日突然、
「あんた、誰や?」
と言われた。
覚悟はしていたけど、
ショックだった。
同じく認知症になった父の
介護も始まった。
母の徘徊
父の下の世話
ワンオペ介護で、
心が壊れそうになった。
介護経験者は言ってくる。
「介護制度は利用してますか?」
「こんな施設に入れるといいですよ」
親切心で言ってくれているのは、
重々承知している。
でもその言葉が一番迷惑だった。
欲しいのは、
情報やアドバイスじゃない。
ただただ、
私の気持ちを理解してくれる人。
だけどそんな人はいなかった。
苦しいけど、母と一緒に居たい。
母が私のことを忘れても、
それでも一緒に居たい。
何度説明しても、
分かってもらえなかった。
というか、
分かってもらおうとは、
もう思わなくなった。
私の中で、
折り合いがついたから。
母が私のことを忘れても、
私は母と一緒にいる。
私がそうしたいから。
私が作ったご飯を
母が「美味しい」と言ってくれる。
今はそれだけで幸せになる。
母がもう私のことを
褒めてくれなくても、
私は母の為に頑張れる。
それは母がたっぷりと
愛情をくれていたから。
母が私のことを忘れて、
頑張る理由を失った。
母をハワイに連れて行きたい。
という夢も無くなった。
でも母がいる間に、
私は私のために頑張ろうと決めた。
それは、
母に褒められる為ではなく、
自分を喜ばせるため。
限られた時間の中で、
行きたいところに行って、
食べたいものを食べる。
そして自分を幸せにしてあげて、
母にも幸せを分けてあげる。
そんな頑張り方にシフトしたのは、
母が私を忘れたから。
母の為だけでなく、
自分の為に生きていいよ。
自分を喜ばせる為に、
自分を幸せにするために、
頑張ったらいいよ。
母がそう教えてくれている
気がする。
頑張る理由を見失って、
私は自分の為に生きると決めた。
今、介護で苦しんでいる。
ワンオペ介護で悩んでいる。
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