彼のデビュー・レコードであった、1955年のあまりにも有名な演奏、
「ゴールドベルグ変奏曲」
この曲は1742年に当時、ドレスデンに駐在していたロシア公使、カイザーリング伯爵の不眠症をいやすために、バッハが作曲し、伯爵のおかかえ音楽家でありバッハの弟子であった、ゴールドベルグにこれを演奏させたことから、こう呼ばれている。
グレン・グールドといえば、この曲を思い浮かべるほど、【伝説的な演奏】といえる。
発表当時、とてもセンセーショナルだった。
「非バッハ的、奇をてらっている、ジャズみたい、等々」など、好意的ではない批評。
一方では
「独創的、現代的、新鮮な、霊感にみちた、真の即興性、等々」と絶賛される。
最近、グールドを聴くと、若い頃に聴いたのとはちがう感覚になる。
なんだか、心の深い部分で、今まで感じなかった、何か輝きに似たモノ・・・
それは言葉にはできないが、確実にそこにあり、
そしてそれを感じる自分が、とても素晴らしいと思える。
こういう感覚になれるんだったら、歳をとるのも、そう悪くないことだなと、思う。
これを聴いていると、 まるでモディリアニの絵を観ている時のような・・・
あるいは映画「太陽がいっぱい」を観たときのような・・・
ジャン・コクトーの詩を読んでいるような・・・
満たされない憧憬や、切ない感情、胸がつまるような感情・・・そういった思いにとらわれてしまう。
そう、まるでかなわぬ恋をしたときのように・・・。
グレン・グールドは、この「ゴールドベルグ変奏曲」を晩年になって、新たな録音で残している。
「ゴールドベルグ変奏曲」<1981年>
こっちの演奏も素晴らしい。
デビューの時とはちがった、円熟した、豊かな演奏になっている。
テンポが遅く、ゆったりとして、余裕がある。
そして、創造性が無理なく発露している。
彼が50歳でこの世を去る、1年前のこと。
まさにグレン・グールドという天才ピアニストは、「ゴールドベルグ」で世界にデビューし、「ゴールドベルグ」で逝ったピアニストだった。
あなたの人生にグレン・グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」の2つの演奏がないとしたら・・・
豊かさという点で、とってもそんをしていると断言できる。