= 自分ゴト・他人ゴト① の続き=
あの場所を見た時、
“ここや〜!!!見つけた!!!”
って思ったけど
『ホンマは私が住むところはあそこじゃないんちゃん。。。
だからこんなに延びに延びてなかなか決まらんのんちゃん。。。』
って。
でも
みんなに言いまくってるし、
期待してくれてる人もおるし、
とりあえず形にしておかないと
みたいな責任感を勝手に感じ。
(↑今思えば自意識過剰
)
言うたことはやらないとカッコ悪い。
筋は通さないと。
っていう、昔から染み付いてる自分や常識が出てきて
ムクムク湧いてくる
『ここじゃないんかも』
って気持ちを掻き消そうと必死やった。
9月に入って、主人から急に
『家の建て替えのローンはまだすぐ組まれへんけど、とりあえず土地(と古民家)だけ先買っとこか』
って言われ、
強制終了前の私やったらノリノリでめっちゃ嬉しかったはずやのに
『え??マジで。。。(・ェ・;)?』
って心底喜べない、微妙な気持ちの自分がおった。
そしたら極めつけに、不動産屋さんから
『色々手続きを進めていこうとしてたら、実はあの土地の名義人が物凄い昔の人の名義で
まずはその名義人を調べて、今の持ち主となってる○○さん(おじいちゃん)が相続してからじゃないと
そもそも売買できない事がわかりました
申し訳ありません。。。
』
って連絡があってね
(不動産屋ねんから最初っからそこまで調べとけよって話やねんけど)
契約する事自体からも遠のいて、また先が見えんくなったのです(´・∀・`)
もうさ、“ここじゃないよ” って事じゃない?(笑)
それとも私の気持ちが微妙やったからこういう事になったん?(;´▽`)
どんどんお腹が大きくなってきてる今
『すぐに!!』っていう気持ちもないし
決まらんのんもただ “今じゃないよ” って事なんかもしらん。
相続の手続きとか進めていったら、ゆくゆくはちゃんと契約できるんやろうけど。。。
あの場所への気持ちは実際どんどん萎えてきてる。
そんなこんながあった矢先に
前ぺージの冒頭に書いた人(=Mさん)と話す機会があったから色々話してたら
『う〜ん。。。
今ずっと話聞いてて、村作りも素敵やし
あなたやったらそういうの作ってるな〜ってのもみえるっちゃみえるんやけど
なんか凄いぼやけてて。
あなたさ、それってホンマに自分の夢なん??』(この方も関西の方。)
って初っぱなに言われ(o_o)
その “本当に自分の夢なん??” って言葉がグサーッッッッ!!と刺さった。
し、グラッと揺れた自分がいた。
自分の夢や〜!!したい事や〜!!(`・∀・´)✨
って思って動いてた故に
今更ながらそのシンプルな一言が凄い衝撃で。
『なんか昔の自分見てるみたいやけど
あなたさ、自分より他人の夢ばっかり叶えようとしてない?』
『私も会社を作る時に
“50歳以上の人達を雇用する会社にするんだ!”
って掲げてたんやけど
それって私の夢じゃなくて、その50歳以上の人達の夢を叶えようとしてたのよね。』
『人の為ももちろんいいんやけど、人の事より、まず自分よ?』
『あなたまず自分をまだ全然大切にできてないわ〜』
『もっともっと自分を大切にしてあげて〜!』
そんな感じの事を言われました。
○○の為に
○○が楽しんでくれるなら
○○が喜んでくれるなら
この○○の中に入るのが、自分と他人が昔っからよく混同してて。
自分のコトなのか
他人のコトなのか
自分を喜ばす為なのか
他人を喜ばす為なのか
振り返ると、私は基本的に自分より他人を優先し続けてきてて。
それが美徳やとも思ってたんやろうし
そんな自分が好き・素敵って思ってたんもあるやろうし
いい人って思われたい・嫌われたくないって思ってやってたこともあるやろうし
相手の立場にたって考えて
とか
“まずは他人の事を考えてから” ってのか自分の中の当たり前になってた。
人からの “ありがとう” が自分の喜びややりがいでもあるから、
人の為に何かをするのは間違いではないと思ってるけど
でも、それをもらう為に
我慢したり無理したり頑張り過ぎるのは、やっぱり自分がしんどい。
他人が幸せになっても、自分が心底幸せにはなれてない。
もちろん、他人の幸せが自分の幸せなんです!!!って人もおるかもしらんし
そういう人はそれを続ければいいと思うんやけど(それがその人の幸せやから)
少なくとも私は違う。
“私は違う” というか “今は違う” かな。
自分自身が満たされて
満たされまくって溢れて初めて、心底他人の幸せを願えれるし
他人を幸せにできる。
そして
自分を満たす事ができるのは、自分しかいないって事。
この2年程自分と向き合い出してそういう事も気づいて知って、散々わかってたつもりやったし
“自分を満たす” とか “自分を大切にする” とかやってきてたつもりやった。
ぜーんぶ
“つもり”
やった自分がおった。
この2年、自分と向き合い色々考えた結果
自分の住みたい心地良い環境にする事が、自分を満たす事やと思ってた。
だから村づくりしようと思った。
それに賛同してくれたり
応援してくれたり
期待してくれる人が現れ
それが嬉しくなって、頑張る原動力にもなった。
いつしかそれが “責任” に変わって(自分がそう感じてただけ)、
やらなければならない事になってた。
公表したからには最後までやり遂げないとみたいな責任感。
言うたことはやらないと。
筋は通さないと。
ずっと手放そうとしてる 《〜しないと》を全然手放せてなかった。
自分で自分をまた縛りつけてた。
あの場所の決め手も
この裏山が “お山の会” で使える
“みんなが” 集まれる場所が作れる
“主人が” 畑したいって言うてたし
こんだけ畑があったら “みんなで” 畑できる
(ぶっちゃけ私は別に畑作業はしたくないし、野菜達を毎日世話する自信はない。
やるとしたら協生農法とか完全自然農法にするとか極力世話をせずにできる方法でやりたい。
まぁ実際やりだしたら畑作業も楽しめそうやけど、今はワクワクしない。)
って
“他人” ばっかりで、“自分” が入ってない事にも気づく。
畑したくないって書いたけど、土いじりとかはしたいし自然は大好き。
ただ毎日毎日世話するのが無理なだけで
育てた(育った)野菜達を使って、料理はめっちゃしたい。
そうなると、その辺に勝手に生えてるエネルギーの強い野草達を使った野草料理は私に向いてそうと思うから
今度野草料理を1泊2日で教えてもらって楽しめるパーティに参加するんだ〜( ´艸`)
あ、話が脱線した。
結局あの場所の決め手も、自分より他人基準。
そうは言いながらも 《みんなが集まる場所》を作りたいのも事実で
そういう環境ができると自分が居心地が良いし楽しいのも事実。
やから
最終的には自分の為になるんやけど、比率的に“ 他人” が多すぎるんよね。
Mさんが
『そら強制終了にもなるし、話も進まなくなるわよ〜
だって、このままの状態であなたの言うてるように村作りできたら
あなたまた自分がしんどくなるだけやもん。
あなた、本当に人の事がよく見えるし気づける人で
常に全体を見てて
人の状態にすぐ気づいて、色々気遣ってあげれる人。
そうやって全体を見ながら、その場の環境を良くできる人。
それはあなたの良いところでもあり、誰もができる能力ではないんやけど
もし今の状態で村ができようもんなら、
“もうこれ以上ワタシをしんどくせんといてー!!!!”
って感じよ〜(笑)
お願いやからまず自分を大切にしてあげて。』
ってそんな感じの事を言われて(^^;;
なんかホッとしたというか、緩んだ?自分もいた。
続く→ ③
