沖縄旅行④〜ひめゆりの塔 ※内容重めです | 2018.7出産。現在二人目妊娠中。

2018.7出産。現在二人目妊娠中。

家族構成は、30歳妻、32歳夫、1歳娘です。
田舎暮らし中。
結婚5年目。

約1年間の不妊治療、両卵管閉鎖を乗り換えて、待望の妊娠、出産!

ただいま育休中、無給期間入りました!いままで以上に貯金を頑張りたい☆

※この記事は重めです。
暗い気持ち、怖い気持ち、重たい気持ちになるかもしれません。
苦手な方は、回れ右してください。



沖縄旅行3日目は、斎場御嶽、首里城とともに、ひめゆりの塔にも行きました。


わたしは、子どもの頃小学校で平和学習というものがあり、戦争について学んだり、読み聞かせを受けたり、映画をみたり、自分達で調べ学習を行いました。

ヒロシマのピカ、おかあさんの木、はだしのゲンなどは今でも忘れられません。

子どものころたくさん夢にみたり、今でも忘れられない残虐なエピソードや、かわいそうな話が色々あります。

わりと文書から色々想像してしまうたちですし、衝撃的なことはなかなか忘れられなかったり、夢にみたり、うなされてしまいます。




一方、夫の学校では平和学習はなかったようですが、歴史に興味があるので、自分で色々調べた知識があります。

また、昔
「霊感のあるギャル」
※夫談

と付き合っており、「幽霊がつきやすい。つれてきやすい。」とお墨付きをいただいているそうで、実際子どもの頃から色々不思議体験があるそうです。





そんなわたし達なので、ひめゆりの塔や平和祈念資料館に行くことは始め躊躇いがありました。

しかし、知らないままでいてはいけない、しっかりお祈りしてこようと話し合い、ひめゆりの塔にも向かうことにしました。



まずは、たくさんの方が亡くなった壕の前で献花をして故人の冥福をお祈りします。

それから、資料館へ入りました。



沖縄は、日本でほとんど唯一地上戦があった土地です。

空襲、原爆で亡くなった方は日本全国にたくさんいますが、実際に敵国の兵が上陸して、民間人が大多数巻き込まれたのは沖縄のみです。


沖縄戦では

県外の日本兵が約6万5千人
県内の日本兵(学徒含む)が約3万人
県内の民間人が約9万5千人
外国兵が約1万4千人

亡くなったり、行方不明のままだそうです。



ひめゆりの塔は、学徒隊として従軍したゆめゆり学徒隊の慰霊碑です。

敗戦のかおりただよう日本は、米兵の本土上陸を防ぐため、沖縄に兵の大多数を引きつけ、長引かせる作戦に出たそうです。

「沖縄は捨て石になった」
という表現が、資料館に多数ありました。

広島や長崎もそうですが、もっと早くに降伏をすれば、沖縄の犠牲も大幅に少なくなったことでしょう。



ひめゆり女学隊は、教員18名、生徒222名が軍の医療部隊に従軍しました。


ベッドも医療器具も、麻酔さえもままならない暗い壕の中で、傷ついた日本兵のお世話を寝る間も惜しんで行ったそうです。

軍医が麻酔なしで手足を切り落とし、その手足の始末、兵の排泄物の始末など、劣悪な環境で15〜19歳前後の女学生が寝る間も惜しんで働きました。


移動中の爆撃などで命を落としたものもたくさんいますが、240名の動員のうちの85%以上は、軍の解散命令以後亡くなっています。

軍の解散命令とは、敗戦が濃厚になった日本軍の幹部が、降伏をせずにそのまま解散を言い渡し、自決したそうです。

つまり、無力な女生徒や先生は、敵の攻撃の真っ只中で放り出されてしまったのです。
壕の外では、掃討戦が行われています。

銃撃や爆撃で亡くなるもの。
混乱、不安、捕虜になってはいけないという思いのあまり自決するもの。

240名中、生存者はたったの5人ということでした。



さぞかし、痛く、おそろしく、無念だったと思います。

平和祈念館には、歴史の解説、亡くなった方の写真と人となり、生き残った方の映像資料や手記が所狭しと並んでいます。

生々しい記憶が記録されています。


写真を見て、手記の中に残るその方の人となりや、死亡記録を読むと、死がより近く感じられて、胸が重たくなりました。

また、生き残った方の手記による、当時の悲惨な状況に、苦しくなりました。



沖縄では上記の通り、ひめゆり女学隊以外にも、たくさんの兵隊、民間人が犠牲になっています。

南部が主に激戦の地となったので、南部には平和を願う塔や碑がたくさんあります。


沖縄に旅行した方、地元の方、レジャーはもちろん満喫してほしいのですが、沖縄の悲しい記憶を忘れず、後世に同じ過ちを犯さないためにも、歴史に触れ、見てきてほしいなと思います。

戦後70年とはいいますが、さほど遠い過去とは思えません。

人ごとではなく、自分の周りの大切な人が戦争に巻き込まれて亡くなると思うと、ぞっとします。

話がどんどん大きくなりますが、今も世界の国では戦火に怯えている方がたくさんいるんですよね…

何万年も、なぜ人間は殺し合いを続けてしまうのかなと思います。




当たり前に生きていることが、なんと幸せなことかと痛感します。

いまのわたしの悩みや不満など、ちっぽけなものだなぁと感じました。


わたしはまたすぐ、小さなことに不満を感じてしまうこととは思いますが、まずは平和に当たり前にすごせることに感謝して、生きていきたいと思います。


資料館見学後、資料を2冊ほど購入して、資料館を後にしました。

資料館では戦争のことを、上手に教えられない先生のための講習が年に数回行われているそうです。

教科書にはさらっとしか書いていないでしょうし、偏りなく子どもに深く教えなければならない先生も大変だなと感じました。

最後にもう一度手を合わせて、ひめゆりの塔を後にしました。



観光地だからとは思いますが、黙祷もせずに碑の前で笑顔、ポーズで記念撮影。

観光客を奪い合うかのようなお土産屋さんには、個人的には疑問が残りました(^_^;)





犠牲になった方々の冥福をお祈りします。





不勉強な上に、まだ頭の中がごちゃごちゃしており、読みにくかったり、数や言葉、記述に誤りがあるかもしれませんが、ご了承ください。

不快になった方がいましたら、申し訳ありません。

読みにくい記事でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。