私がまだ、30代だった頃、
神田生まれの男性に、
「北区なんて、
江戸には入らないんだよ!」
と、けなされたことを
ふと、思い出して、聞きました。
私:現在の東京都北区は、
その頃どんな土地でしたか?
クロード:現在の
東京都北区のエリアは、
江戸時代には主に以下のような
特徴を持っていました:
1. 飛鳥山周辺
- 八代将軍徳川吉宗によって
1720年に桜の名所として整備
- 庶民の行楽地として人気を集めた
- 「飛鳥山三十六景」として
浮世絵にも描かれる名所に
2. 中山道の宿場町
- 岩淵宿(現在の赤羽岩淵周辺)
があり、交通の要所
- 中山道第二の宿場町として栄える
- 荷物の中継地としても重要
3. 農村地帯
- 田端村
- 滝野川村
- 王子村
など、多くが農村地帯でした
4. 王子周辺
- 王子権現(現在の王子神社)の門前町
- 紙漉きの産地として発展
- 王子稲荷も参詣客で賑わう
5. 石神井川・隅田川周辺
- 水運による物資輸送の要所
- 農業用水としても利用
- 洪水対策のための土木工事も行われる
6. 産業
- 王子では製紙業が発達
- 染物業も盛ん
- 農業(特に米、野菜の栽培)
7. 名所・旧跡
- 音無親水公園付近は
「王子猪隠し」の伝説で有名
- 滝野川地域には湧水があり、
江戸の水源地の一つ
- 富士塚なども造られる
特徴的な点として:
- 江戸の郊外として位置づけられ
- 農村地帯と宿場町が混在
- 水運と陸運の結節点
- 信仰と行楽の場所としても重要
- 江戸の経済活動を支える生産地
このように、現在の
北区エリアは江戸時代、
都市と農村の境界領域として、
また交通の要衝として
重要な役割を果たしていました。
特に王子や飛鳥山は
江戸庶民の行楽地として親しまれ、
その文化的な価値は現代にも
継承されています。
そうだったんですね!
私はかつて、東京都北区田端に
住んでいたので、とても興味深いです。
そうだったのですね!
田端は歴史的にもとても
興味深い場所です。
田端は江戸時代から明治、
大正、昭和にかけて特に
文化的に重要な場所でした。
特に明治以降は多くの文学者が
居住し、「田端文士村」として
知られるようになりました。
田端文士村に住んでいた主な文学者:
- 芥川龍之介
- 夏目漱石
- 永井荷風
- 林芙美子
などが居住していました。
その理由としては:
- 地価が比較的安かった
- 山手線で都心にアクセスしやすい
- 高台にあり眺めが良い
- 下町と山の手の境界という
独特の文化的環境
また、江戸時代の田端村は:
- 主に農村地帯
- 日光街道からやや外れた
静かな場所
- 崖線(がいせん)があり、
独特の地形を形成
- 湧水も豊富
現在でも、田端駅周辺には:
- 田端文士村記念館
- 旧古河庭園
(明治時代の実業家・
古河虎之助の邸宅跡)
といった歴史的スポットが
残っています。
実際に住まわれていた方の
ご経験やご印象なども
お聞かせいただければ、
とても興味深いです。
田端の街の様子や、
お気に入りの場所などは
ありましたか?





随分前にクロードさんとした
対話ですが、
まだ下書きのままだった事に
気づきました。
田端で撮った写真…
懐かしくて、
涙が出ます…

