杉原智則さんの「叛逆せよ!英雄、転じて邪神騎士」第1巻(電撃文庫)

 

   かつて邪神を崇めるミルド人たちに治められていた大陸。アンバーたちが邪教とミルド人を滅ぼして、いくつかの王国に割拠して千年。ランドール王国の神官ハーディンはミルド人の邪神の力を手に入れ、邪神王国となったランドール王国はたちまち周辺諸国を攻略。エレィリア王国の王女〈聖女〉エイリスのもとに集った6英雄により、滅亡寸前の諸王国は反撃し、どうにかランドールと邪神を滅ぼしたのでした。

 戦後、〈賢者〉ケイオロスは諸侯の歓待をたのしむ毎日。他の英雄たちは、大歓待の嵐を避け、新しい道へ。そんな中、甲冑に身を包み、素顔を広く明かしていない〈竜戦士〉ギュネイのみは、ある理由から疲れ切って武勲のみちを捨て、平凡な若者として、ガテンの仕事で日銭を稼ぐ日々。そんな彼を訪れたケイオロスは何か言いたげ。街に偽ギュネイが現れて、大騒ぎしていても当のギュネイは怒る様子もありません。そんな偽ギュネイを襲ったのはランドールの女弓つかい、神官ハーディンの姪にあたるディドー。ギュネイは偽ギュネイを救うために応戦しますが、逃走したディドーには何か訳ありなようす。

 ディドーの強さ、ランドールの魔戦士〈赤目〉の出没により、滅んだはずのランドールに邪神の力が復活し、人々を苦しめているのではと感じたギュネイはケイオロスに愛蔵の神槍エル・スリーンを預け、身分を隠して、諸王国の占領下にあるランドールの旧土に潜入します。

  しかし、そこで彼が目にしたのは、邪神の復活などではなく、滅んだランドールの民たち、神官たちに対する諸王国側の掠奪、圧政、暴力の日常でした。自分たちが導いた勝利が正義であるという確信が揺らぐ中、ついにある日、子どもたちをも焼き殺そうとする諸王国兵たちの謀略を見逃すことができず、魔の鎧ガイルヘイムを再び身にまといます。しかし〈竜戦士〉の竜の鎧姿は、まずい。ギュネイが選んだ魔の鎧のデザインは、〈黒い狼〉。ランドールの壁画にインスパイアされています。これは、ヤバイのですが、その時点では知る由もないこと。諸王国軍の舞台から、ランドールの教会を救ってしまったギュネイ。かつての竜の鎧姿から、黒狼の騎士へ、たった1回の変身で済ますことはできず、気がつけばランドールの村を解放し、「救世主」とランドール人に慕われるように。

  すべては、ランドールの王都バン=シイについてから判断するつもりだったのですが、その王都でバスケス王国の部隊によって軟禁状態にあったランドール王家ただひとりの生き残りの王女ミネルバに出会ったギュネイ。戦勝の諸王国は戦後はやくも対立を始め、このままだと王都を舞台に2王国の軍が内戦を起こしかねません。とにかく、王都を占領しているフォーゼ王国軍から、周辺都市の解放をはかるギュネイ。フォーゼ王国軍を追討するために、軍を率いて出征するのですが、彼に同行するのはランドールの若い騎士クルス。どこからどう見ても、ランドール解放軍なのでした・・・・・・

  そして、立ちふさがるのはかつて盟友だった諸国の英傑、武将たち・・・・・

  かつてのような「6人の仲間たち」もおらず、闘うことのみならず、考えることまでも求められる状況下、ギュネイの道はどこへ続くのか。

  

 

  とにかく、すごい。今まで読んだ戦記ものジャンルの最高傑作。と断言できます。

  ただ、この「タイトル」で、この「イラスト」で、しかも「ラノベレーベル」で刊行すべきではなかったのでは、という点が惜しまれます。 タイトルは、シンプルに「黒狼戦記」くらいの芸のなさがよいかと。イラストは全削除。そして、レーベルは・・・・・角川系列だと適切なものを思いつきません。

 

  正直のところ、存在することさえ知らなかった作品。図書館で点数に空があったため、なんとなく借りて、軽く試し読みしたところ、序盤10ページで目を放せない展開に。完全に読みふけりました。とにかく「ムダ」要素なし、のストーリー展開。

  ファンタジー戦記に「グイン・サーガ」を含めて良いかどうかは迷うところですが、「グイン・サーガ」序盤の「パロの聖双生児」パート、リンダとレムスのシーンは、はっきり言ってまるごと削除できる部分です。王族姉弟の会話が続くのみ。その後、この大作は実のところ30数巻で読み飽きたので正しく評価はできません。有名な「デルフィニア」もやはり、「複雑なわりに冗長」と感じてしまい、言われるほどには楽しめませんでした。そこへいくと、「アルスラーン戦記」はさすがのエンタメ度ですが、ナルサスが軍略をめぐらせる一方で、「政争」「パワーゲーム」としては浅い。

  その後、「フェンネル王国」「クラスタウンディア」などなど、ことごとく合わなかったので、低いハードルで読んだ本作ですが、読んでびっくりのエンタメ度。これだから、やはりライトノベルも要チェックだと痛感されます。しかし、これで、ライトノベル、かぁ。電撃文庫で? 講談社の、あるいは東京創元社のハードカバーで出すべきだったのでは? このへん、ネットに同じ意見が挙がりまくっていますね。

 

  作者の「あとがき」どおり、この世界では古代の邪神を奉ずる邪神王国と、6英雄に導かれた諸国との戦いがおき、その勝利後をスタートにするのですが、前巻が出版されているわけではありません。スタートまでの事情は、偽英雄についている吟遊詩人の物語と、ギュネイとケイオロスの会話のセリフの中で語られますが、吟遊詩人の語りは、すごくマユツバ。冒険の序盤、王女エイリスと少年勇者アレスがクセモノたちに襲われているところをギュネイが助けたということになっているのですが、ギュネイ本人によれば彼自身が他ならぬクセモノのメンバーだったとのこと。

 しかし、60ページで今までの冒険を語り、戦後ほんとうに邪神は滅んだのかという疑惑を描いているのですが、実にコンパクトで解りやすい。これは以降の部分にも言えることで、内容の密度、無駄がないのに不足感もない展開。多数登場するのに描き分けられたキャラたち(同じ小悪人でも地方駐留の騎士と、中央制圧軍の前線の上官とでは違う種類のイヤさ)。シリアス展開なのに笑える会話。キャラ全員で、アルスラーンのナルセス的笑いを取れるキャラをやっています。初期の浅田次郎さんが、まかりまちがって、ファンタジー戦記を書いたら、こんな感じだったかも。

 

  特に「自覚のある」オバカであるギュネイが、情けないことに笑えてしまう。そして、それを上回る「自覚のない」オバカ、ランドールの若い騎士アルス・レイン。その騎士道は完成され、ギュネイが思わず「かっこいい」と認識してしまうほど、見栄えの良い青年なのですが、かつては敵だった仲。アルスの思考パターンがわかりやすく、おもしろいように罠にかかるので、敵にいれば楽なのですが、今回は味方です。

  ギュネイはデフォルトで強いのですが、魔の鎧を装着するや、その強さは人知を超えてしまう。鎧にかけられた魔術のせいで、亡者が見えるので、心身ともに消耗してしまいます。エルリック・サーガの魔剣ストームブリンガーに似ていますが、今回、「見える亡者には条件がある」ということが判明してきます。

 

  今までの記述で、実は、真実は「ランドール=善」なのでは、と思われる方も多いでしょうが、そんな単純な世界観ではありません。現に、ハーディンの娘ロゥラを奉じて戦い続ける一派は、どう見ても「邪教の徒」の集団。

  魔法という概念がない世界。不思議な力は「神の力」であり、高位の神官は、ただのコップを「聖杯」に変えてしまえるのですが、信仰心など皆無のケイオロスも同様の能力を持っている。魔術と神の力は同じ力であることを、ケイオロスのような術者は見抜いています。

 

  アルスラーン戦記では「敵はイアルダボード教の国」という設定しか覚えていないのですが、本作品では敵対する諸王国が多く、また争っている状態。バスケスの王子ブルートとミネルバ、そして姿は見せないものの謀略をめぐらせるファーゼの女王など、パワーゲームもおもしろく、それとギュネイの動向が影響を与え合う絡みもすごい。ストーリーが個々に展開するかに思えて、孤立した物語の筋がみられない。そのかわり、5~6行でさえ読み飛ばすことはできません。前のページではプラスだった要素が、あっという間にマイナス転換しています。

  そして、恐ろしいことに「話にオヒレがつく現象」が、目の当たりにされてしまいます。

 

  ラスト30ページ、この巻はこれで締めくくり、と思わせておいて、その後にまさかのクライマックス”マインの決戦”。この戦闘がすごいです。

 

 ただ不安なのは「今が主人公の栄光の頂点」なのではないか、という展開も予想されること。「指輪物語」の「アラゴルン・ルート」ではなく「フロド・ルート」を主人公ギュネイ自身が選ばざるを得なくなるのでは、ということです。

 アルスラーン戦記は「王都奪還」でフィナーレにして欲しかったという感想からいくと、やっぱりできれば「勝利エンド」を、と思うので。