笠井潔さんの「探偵小説は『セカイ』と遭遇した」(南雲堂!!さま刊行でございます)
浅田次郎さんの「犯罪学教室」に続き、「フィクション」外作品の「紹介」というより「おススメ」です。
これは、本日になって、急に予定変更する気になったため。
本書「探偵小説は『セカイ』と遭遇した」を読了した現在、他の本のレビューは、おそらく一単語も書けないと思います。
本来ならば、今回は、私が思う某”至高の凡作作家”さんによる「ミステリーっぽい作品」を、それなりに理由があって、ご紹介しよう、その次には「誰がどう読んでもアホらしい凡作」を書くこと多々でありながら、「他には類を見ない傑作」を書くこと多々でもある若竹七海さんの「ゾゾゾ感、潜伏ミステリー」を続けてご紹介、という予定をくんでいたのですが、先伸ばしに致します。それは「ミステリーっぽい作品」の次には、これぞレビューすべき、というすごいミステリーを読み始めてしまったからです。ヒント①創元推理文庫、ヒント②ラノベ出身「寡作」作家さん、③この作家さんの作品と勘違いして「黒と白のバイレ」を読んでしまう悲劇多数・・・・・ということで、角川ビーンズ文庫愛読者さん、東京創元文庫の国産ミステリーを熱愛するコレクターさんなら、すでにこの「異色傑作」をご存知かとおもいます。
さて笠井潔さんですが、「左翼系学生運動家」としてのイメージから、長らく読んでいなかった作家さんです。が、矢吹シリーズを一読するや 「傑作エンタメは、たやすくイデオロギーを超えてしまう」と、頭を強打される思いでした(浅田さんの「犯罪学教室」によると、実際に頭を強打されると、人間たるもの死んでしまうことが多く、よくある頭を強打、気絶させる、というのには熟練と強運が必要とのことです)。良く考えれば、スタニスワフ・レムが「ソラリス」をしのぐ「エデン」を書いたのは、冷戦下の東欧なわけなのですが。
小説をめっきり書かなくなった笠井さんが何をなさっていたかというと、「ひたすら新本格の系譜のミステリーを読む一方、エヴァンゲリオンあたりに耽溺されていたようです。かたわら書かれた評論は「説得力」の塊でございます。
本書「セカイ系と遭遇」を手にしたのは、東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」の論証にかなりのページが割かれていたため。
大人気小説「容疑者X献身」に関しては、みなさま、思うところ様々ではないでしょうか。
この作品の大ヒットの真っ最中、この作品の面白さが解らず、泣けなければ本を読む資格なし、という空気にあふれていた日本で、堂々と本作に否定的コメントをし、この作品の「戴冠」を防ごうとした二階堂黎人さんの「蛮勇エピソード」は有名ですが・・・・・「あの”二階堂さん”が自分と同意見だ!」と感動し、コメントののった「ミスマガ」を「家宝」にしているというひとも、じつは多いのではと思います。
笠井潔さんの立場は、二階堂さんの主張を理解してその勇気と冷静さを称賛した上で、さらに「容疑者X」がどれほど深い問題を内包した作品であるか、容赦なく解析・糾弾する、というもの。笠井さんは東野さんが「卓越した作家」であるということは、大肯定なさっています。これは、かなりの人々の認識と一致するもの、と私は考えます。「恋のゴンドラ」は読む気になれないけど、「仮面山荘殺人事件」はおもしろく読めたというひと、初期から中期の東野さんは神がかっていた、というひとも、東野さんの「才能」は認めているのでは、と思うからです。
しかし笠井さんは東野さんを認めていても、はたして尊重しているか。甚だしく疑問です。たとえば、笠井さんは綾辻行人さんの存在を高く評価しており、その著書、とくに「十角館」に関する言及は多いです。また、笠井さんは。綾辻さんが拓いた時代の中で書きながら、綾辻さんに呑まれず、しかし反発もしない、独自の中立性を保ったまま傑作を書き続けた二氏、麻耶雄嵩さん(! ビックリの解釈だと思います)、貫井徳郎さん(こちらは理解できるつもり)を高く位置付けています。そして、綾辻さん、麻耶さん、貫井さんの作品にかんしては「ネタバレ」をさけるという慎重ぶりです。
しかるに「容疑者X」に関しては、これはもう、バンバン、ネタを割っています。
なので、東野さんが好きで、これから「容疑者X」を読みたいという方は、「絶対に笠井さんのこの評論を読んではなりません」
逆に「いわれているほど「容疑者X」がすごいと思えなかった」という方々。この評論は、まさにそんな方々のために書かれた、といってもよいかと。逆に「誰が何と言おうと東野さんがキライ。作品を読みたいとさえ思わない」というみなさん、この評論を読むのは「容疑者X」を追読するも同然ですので、この「容疑者X検証パート」は読み飛ばしましょう。「セカイ論パート」だけでも、おもしろいです。
ちなみに私が「容疑者X」に感じるのは。ビックリしたけど、同じ東野さんの「悪意」や、貫井さん「慟哭」、殊能将之さんの「ハサミ男」には遠く及ばない、というもの。そして、怒りを感じるのは、東野さんがデビュー3作くらい以降、大切にしていたと思う、そして東野作品の価値をたかめていた「ヒューマニズム」が微塵も感じられない、それどころか、これを踏みにじって顧みない、という点に関してです。無辜の命を奪うことを肯定する「純愛」とは何なのでしょう。その命が、「ホームレスの命なのだから気にする必要もない」と、犯人ではなく、東野さん自身が宣言しているも同然です。
今までは当時の東野さんのレベルを考えるに、「容疑者X」はたまたま上出来になった作品だと認識していましたので、ホームレスパートも「見過ごせる」と思い込みたかったのですが、笠井潔さんの本書は「容疑者X」は「本格的形態」をとるために、細部にいたるまで冷徹、緻密に計算された「技術の終結」であることを暴露しています。そしてホームレスを「殺さなければ」完全犯罪に限りなく近い「本格的犯罪」は成立しえなかった。つまり、東野さんは「本格推理」の冠をえるために、ヒューマニズムを放棄した、とも言えます。「作家の魂」を売ったも同然だと思います。
笠井さんが、なぜ今回「容疑者X」パートを収録したのかは謎なのですが、二階堂さんの投じた一石は、実は笠井さんの心を、見た目以上に揺り動かしたのではないか、と思います。
本書を読んだ理由はもうひとつ。
「いなくなれ、群青」
「空の境界」
「イリヤの空、UFOの夏」
わたしにとって「特別の3冊」です。
わたしは、おもしろいラノベはおもしろいと思いますし、今も各ラノベレーベルの過去作品を漁って、榊一郎さんを泣く泣く諦め、南房秀久さんをロックオンしたところです。なぜ榊さんをあきらめたかというと・・・・・・・・その膨大な著作リストをみて、固まったから。これから時代小説を読もうと思った80歳のご老人が書店の佐伯泰英さんのコーナーの前にたったら同じ現象がおこるか、と思います。
しかし、それにもまして、わたしがラノベに執着するのには、上記3冊の存在があります。
3作とも読みました。おもしろかったです。と同時に直面した残酷な真実。
この3作は「ほんとうは、もっと、おもしろい」。理解できなくても「理解できない真実がある」ということは感じ取れますよね。
私は森博嗣さんの「スカイクローラ」シリーズをまったく評価できないのですが、その理由は「スカイクローラ」が、いわば、イミテーションの宝石にすぎないから。森さんの著作を読んで思ったのですが、たぶん、森さんが共感でき、楽しめる限界は「エヴァンゲリオン」まで、かと思います。
それ以上の「楽しみ」を味わうために必要な合言葉。ひとつのカルチャーの「ひらけ、ゴマ」が「セカイ」の3文字です。
笠井潔さんは「時空を超えた魔術師」で、さまざまな「ひらけ、ゴマ」を取得できる感性をお持ちだということがわかります。あるものは「スワン家」へのじゅもんでしょうし、またあるものは「ルルイエに至る千鶴」でしょう。
そんな笠井さんが、冷笑さえ忘れて、ほとんど呆れてながら指摘するのは、かつて「新本格」を、中でも「現実的なキャラが描けていない」らしい綾辻行人さんの「十角館の殺人」を嘲笑し、全否定した「文化人」「評論家」あるいは「作家」ほど、「空の境界」や「イリヤの夏」を、もてはやし、ほめちぎっているという事実。はっきりと名まえがあがっている筆頭が、SF界のドン、大森望さんですが・・・・・いや、わけあって、わたしは大森さんをキライになれません。だからこそ、笠井さんも実名を出しているんでしょうけど。つまり、本格ファンの少なくとも1割はSF好きで、大森さんは「神」なので、笠井さんの主張にのって大森さんフクロ叩き状態がおきるわけでもなく、その点で安心して実名を晒せるので。
しかし、実名表記されていなくても、思い当たる方々、まさしく「綺羅、星のごとし」であります。たとえば、宮部みゆきさんデビュー当初、バンバン顔出ししてた書評家のJ氏とか、作家のK氏とか、M氏とか・・・・まあ、いろいろいろいろ。若竹七海さんのご夫君、O氏もあやしいけど、この方は「セカイ」系を歓迎することもなく、の状況で、へんなカン違いはしていませんね。
「セカイ」が「反・新本格」? 本気でそうカン違いした、文化人のみなさんが、結局「セカイ」の住民たちからは、見向きもされなかったという実情は、いまさら「スラムダンク」あたりをちらっとよんで「中高生に理解ある」感をふりまきながら、生徒にすりよって冷笑される教師のみなさまを彷彿とさせます。ジャンプ系なら、せめて「ハイキュー」あたりのコミックス新刊をすかさず読む、くらいはしましょう。「ネバーランド」あたりは、いまどき、わたしのようなオバサンでも、というより、むしろオバサンこそが読んでいます。「スラムダンク」はすでにぶんかですが、翔陽高校のメンバーをしらなかったりしたら、モグリ認定です。
ちなみに、「いなくなれ、群青」を職場の25歳の女の子にプレゼントしたのですが、彼女が、続く「その白さえ嘘だとしても」などいわゆる「階段島シリーズ」を買いそろえていることをみるに、理解できないながらも「良いプレゼント」だったのかなと思います。彼女こそが私に「イリアの空」を貸してくれたんですが。
ちなみに、彼女が初めてミステリーにはまったのは、「ナンシー・ドルー」。小学校5年のとき。「KZシリーズ」は1巻目でリタイア。とにかく、ナンシー・ドルー。今の若い子には多いパターンなのですが、なぜ、ナンシー・ドルーが読めたんでしょう。彼女は高校時代以降、「火村シリーズ」の既刊はコンプリートしていて、「江神さん」(と「扉」シリーズの鳴海さん)を愛する私の良き口論相手です。彼女? もちろん、霧舎作品では、後動さんの大ファンですとも。それ以上に、今でも好きな探偵は、ナンシー・ドルーだそうです。ついで、火村さん、火村さん、火村さん。イメージがちがうので、斎藤工さんを呪い殺そうと思いつめたそう。
追記:つねひごろ、「なぜかわからないけど、クリスティ描くヘイスティングスが好きでたまらない」「グリーン家が大好き、犯人の名まえは記憶に刻まれているし、探偵の名まえはヴァン・ダインだと覚えている(記憶ちがいですよ)」という方々、笠井さんの本作は「目からウロコ」だと思います。しかし、該当箇所は「3行だけ」なので、それだけの理由で本書を購入するのは、絶対にやめましょう。
