eruka(えるか)ってこんな人
≪幼少期の私≫
父・母・姉(4才上)・私の4人家族。
両親は自営業で
私は0才から保育園に通う。
親戚叔父・叔母・姉の友人からも
可愛がられて人気者だった。
小学生のころ
ポジティブで行動的な父に
水泳・卓球・ビリヤード・ボーリングなど
遊びながら色んなこと教えてもらった。
ネガティブで不機嫌な母とは
遊んだ記憶がほぼない。
男の子と鬼ごっこやドロケイをするような
「活発な子」でした。
小学校6年生の卒業式
ここから自分を抑えるようになる。
上級生(中1)に呼び出しされ
めちゃくちゃ怖かったけど
母にそのことは言えなかった。
中学生になって上級生からいつも監視され
バスケットボールをみぞおちに
投げつけられたこともあった。
「生意気なんだよ!」
どう生意気なのかが全くわからなかった。
下級生イジメやヤンチャをする友達
関わりたくなくて気が楽な男子といると
疎まれることもあったし
上手く利用されることもあった。
女子グループの雰囲気には
あまり馴染めなかった。
≪10代後半の私≫
思春期
両親は忙しく 姉が家事することも。
1人だけ疎外されてる感覚で
家にいても孤独感が強かった。
高校に入りバイト生活
物覚えが早く 仕事は真面目にこなす。
店長代行として
店を任されることもあったけど
バイト先の年上女子からは
あまり快く思われていなかった。
昔から男子といることが私の中で普通
女子から好かれるタイプではない…。
そんなころ
社員である夫に出会い
見知らぬ人だけど
なにかこの人とご縁がありそうと感じた。
17才のころ
付き合っていた人に傷つけられる
大きな出来事があった(トラウマ)。
私がおかしいことに
気づいてくれたのは夫だけ。
耐えきれずに打ち明けると
できる限りの全ての事を色々やってくれた。
感謝してもしきれないほど
その後の私もすごく気づかってくれて
しばらくして 社員から彼になった。
彼女になったがゆえに仕事に対して
他のバイト以上に厳しく育てられ
心が折れることもあった…。
傷つけられた出来事が後々親に知られ
「気づかなくてごめんね」と泣かれた。
昔から感じていた家族の中での孤独感と
腫れ物に触るように気を使われること
全てが嫌で 家にいたくなかった。
傷つけられた人にも会いたくてなくて
高校を辞めるという選択をし
学歴による劣等感はこの時から始まる。
家に帰らずに夫の家に居座る私。
夫が諦めるまで 繰り返した。
諦めた夫の家に転がり込み
親に「自分が面倒みます」
と夫が言ってくれて同棲生活が始まった。
≪大人になってからの私≫
21才で結婚。
長女出産後、産後うつや
夫の転勤で5年間の大阪生活。
大阪で次女を出産し
長女の幼稚園でママ友ができて
もうすぐ小学生になるタイミングで
東京への転勤が決まり
夫は先に単身で東京へ。
私は長男出産
産後2ヶ月で東京へ戻る。
また知り合いのいない環境で
1からのスタート。
ママ友との出会いや
ママ友との関わりに中学あたりの
女子グループ・集団の苦手さを思い出す。
30代
夫は仕事が忙しいので
3人の子育てはワンオペ。
自分が強くならなければいけない
と思ってた。
でも 普通の妻・母には
何度チャレンジしてもなれなかった。
朝が起きれない
ご飯を毎日作れない
お弁当作ってあげられない
洗濯を溜め込む
優しくて子どもに手をかけてあげて
いつもニコニコのママ にはなれない。
ご飯は作る気分になった時だけ。
コンビニやお惣菜が当たり前。
それぞれが朝起き ご飯を食べ
お弁当は自分 洗濯も自分。
私がちゃんとできないことを
文句言われたこともたくさんあるけど
「こういうウチなんだから」
「こういうママなんだから」
普通の妻・母のようにできない私を
この家の『当たり前』にしてくれていた。
当たり前になっているけど
ダメな自分を責める。
私に嘘をついて自分の非は周りに見せず
子ども達に「ダメなママだ」と陰口の姑に
大人な対応ができなくなり
義実家へ極力行かなくなっていく。
そんなこともある中で
幼稚園・学校の委員や町会活動に参加し
4年間PTA本部役員も経験。
(会計2年、副会長2年)
≪私にとっての暗黒時代≫
PTA本部役員の1年目
専業主婦でいつでも動きが取れることで
全会計を任された重圧と
人間関係の問題も重なり10㎏痩せ。
2年目
OBから疎まれ、忠実な同期がOBと
裏でデマを流し役員に不信感を持たせ
人間不信で人との関わりが怖くなり
安定剤や眠剤を手離せなくなった。
評価してくれてた会長が私を留任させた。
3年目
不信感を持っている人達の中で
副会長の筆頭的役割を与えられ
嫌がらせにより引継ぎ資料もないまま
年間の仕事をこなすのは容易ではない。
過去の資料を調べ 時間と労力をかけて
仕事の成果で評価を上げるしかなかった。
同じ副会長のおじさんに
「疎まれないようにダサくすればいい」
と言われた時は
私は好きな格好さえもできないのか?
そんなことでも目立たないように?
理解に苦しむ…
現状を理解してないおっさん役員からの批判
匿名の怪文書攻撃(前年の役員から)
親御さんからの不満やクレーム
本人には直接言われない誹謗中傷
役職の肩書きがある以上
反発も爆発もできずに 耐えた。
4年目
自分が抜けた後の心配。
『人を育てる』ことは
十分にできなかった。
自分が4年間で携わった役職ごとの
細かい全資料を完璧に作り
残していくことだけ。
1から手探りで始めることの怖さを
のちの人達に味わせたくなかった。
自己満ではある…。
≪心屋に出会った私≫
40代
頑張り続けた怒涛の役員生活から離れ
虚無感でロスの日々が長く続いた。
家にいても孤独感
『私の居場所はどこなんだろう』
引退後、現役役員同士が
価値観の違いにより
周りの現役役員を巻き込み
人間関係の複雑化がエスカレートし
板挟みにあう。
不必要な人達からの好意に
繰り返される嫌悪。
夫・子ども・姑 色んな問題から
逃げたい
楽になりたい
強くなりたい
この時期は、子供に
「楽しいことないの?」と聞かれて
1つも答えられなかった。
問題だらけの苦しい時 心屋に出会い
たくさんの言葉とたくさんの人に触れ
本当に私の人生が変わり始めた。
積み上げてきた思い込みによる
自分の中の価値観が邪魔していた。
いらなかったものや
そのままの自分で愛されていることを知り
見えてなかった・受け取れなかっただけで
優しい世界がいっぱいあることを知り
1人で頑張らなくていい
本来の自分に 気づくだけで変わることを知る。
問題が問題ではなくなる感覚
人生が生きやすくなっていった。
楽しいことが1つもなかったのに
心屋塾マスターコース受講をきっかけに
楽しいと思えることばかりになった。
悩んでいる人に知ってほしい
自分の価値観・セルフイメージは
小さなころに刷り込まれた
思い込みや古傷などでできたもの。
問題や悩みは
思い込みや古傷に反応しているのです。
気づいてほしい
『自分を大事にしたい』というサイン。
いままで信じてきたもので苦しいなら
それはいまのあなたにはいらないこと。
価値観やセルフイメージは
あなたが あなたのために
書き換えていいのです!
怖いままで進む勇気の一歩を
踏み出すことができた私がいます。
その先の人生が生きやすくなった私がいます。
あなたもできるんだよ♪
私のブログをここまで見てくれた
ということは
きっと 変わりたいと望んでいる。
優しい世界で愛される自分
人生が生きやすく楽になるために
勇気の一歩を踏み出したいあなた。
怖いままで私に会いにきて♪
私が全力であなたを応援します!
心が軽くなるサポート
ぜひ私にさせてくださいね♪
見た目はクールと言われるけど
中身はふんわりあたたかいerukaを
どうぞよろしくお願いします♪
【個人セッション】








