私もこの傾向がある。
 
『完璧を求める』
 
 
心屋認定講師の上田光俊さん(うえさま)
 
ブログ、すごく気になったのです。
 
 
心屋認定カウンセラーeruka(えるか)です♪
 
 
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”完璧を求める”

 

所謂、

完璧主義ですね。

 

 

~中略~

 

 

気が付くと、

完璧を求めてしまっているところがあって。

別の表現をすれば、

 

”理想が高い”

 

ということになると思うんですけど。

 

 

この

”完璧を求める”ってことを、

いまだに

よくやってしまってるんですね。

 

 

納得できないんです。

頭の中にある理想像と、

目の前にある現実とに

あまりにギャップがあるように感じてしまうと

やっぱり

それを受け入れられないというか、

我慢ができなくて

ついつい

心に余裕を失くしてしまうんです。

 

 

”完璧を求める”

 

ということ自体は

別に

悪いことでもなんでもないと思うんですけど。

 

 

その根底には、

”より良いものを”

という態度があるからだと思うので、

その姿勢自体はすごく良いと思うんですね。

 

 

ただ、

その”度”が過ぎると

自分に厳しくなり過ぎて、

それが転じて

自分以外の他人にまで強要してしまうところが

出てきてしまうので、

それは誰にとってもしんどいよね、

とは思うんです。

 

 

だからこそ、

良い意味で、

 

”寛容さ”

 

ってことが大事になってくるかと思うんですけども。

 
 


 
 
うえさまのブログ、ぜひ読んでみてね!
 
 
 
 
 
 
『理想が高い』
『完璧を求める』
 
 
『より良いものを』という姿勢。
 
 
 
その度が過ぎると
他人にも求めてしまったりして
苦しくなってくる。
 
 
 
 
一時期その『度が過ぎていた』のを
思い出しても
 
『寛容さ』なんてなかったな。
 
 
 

どんなに頑張ったところで

そうはならないんだから。

”だったら始めっから完璧なんて求めなければいい”

ってなって、

ほんとはもっとデキるくせに

適当なところで手を抜く

みたいなことになってしまうんじゃないかと思います。

 

 

「それでいいですよ」

って言いながら、

ほんとは全然良くないのに、

それ以上求めない……。

考えることをやめてしまう……。

 
 
 
これ、私もやってたあせる
 
 
自分の事と他人の事でも違うけど
いまでもこの部分はあったりもする。
 
 
 
 
私の場合、如実に出ていたのは
数年前のPTA役員時代とその後。
 
 
 
いま思い返しても
完璧を求める・より良いものにする
 
 
その姿勢が
色濃くでていて
 
 
全部を自分でやり過ぎてしまい
それを共有したら他の人もやってくれるはずなのに…
 
 
「なんでやらないの?」
「できない意味が分からない」
「やらない意味がわからない」
 
 
完全に完璧にどハマっていたので
周りにも求めすぎていた。
 
 
 
 
リスクを考えることが常なので
完璧にしておくことで
そのリスクを減らせるとも思ってた。
 
 
でも、みんながみんな
完璧を求めているわけじゃない。
 
 
それもわかっていたけど
自分にかかってくるリスクがあることを
よくわかっていたので
 
 
その時は手を抜くことも
寛容になることもできなかった。
 
 
 
 
いま考えると、
恐ろしいほど人を頼っていないし
信じていなかったと思うあせる
 
 
経験の違いもある。
受けてきたリスクも違う。
 
 
そこにはたくさんの失敗もあって
「失敗したくない」って気持ちも
強かったと思う。
 
 
 
 
うえさまが書いていた
 
『完璧を求める』の逆の意味っぽい
『そもそも何も求めない』
 
これもやった。
うえさまが「逆とはちょっと違う」っていうのも
私もなんとなくわかる。
 
 
そして、逆に適している言葉として
『完璧を求めすぎない』
 
 
それはやっぱり『寛容さ』
必要なんだろうって思う。
 
 
 
 
『完璧を求める』の逆で
うえさまがしっくりくる答えも
ブログの中で書いてくれてるんだけど
 
 
 

”最善を尽くす”

 

 

 

これです。

もうこれ!

 

 

今できることの最善を尽くす。

 

 

完璧を求めるのではなく、

手を抜くのでもない

その瞬間に自分にできることの最も善きことを行う。

 

 

これだなと。

 

 

最善を尽くすことの

積み重ねの向こう側に

自分が理想とする世界がある。

 

 

そう思って、

結果がどうなるかは考えずに

最善を尽くし続ける。

 

 

これが

”完璧を求めない”

ってことに繋がりますし、

《確実にうまくいく》確率を上げるってことになるのかなと

僕は思います。

 

 
 
 
最善を尽くす
 
結果はどうなるか考えずに
 
その瞬間の自分にできる最善を尽くし続ける
 
 
 
あぁ~!しっくりくるのがわかる!
 
 
 
 
うまくいかない時に
「逆をやる」というのを
心屋でもよく聞くけれど
 
 
私の場合、完璧主義なのを
周りの人に指摘された時に
 
 
「そんな完璧にやろうとしなくていいんだよ」
「60%、70%の力でやればいい」
「そこまでそもそも求めてない」
 
 
いろんな言葉を聞いたけど
自分でも完璧主義なのはよくわかってて
もちろんいろいろ試すことはしたけれど
 
 
完璧を求めないということが
手を抜くことではないんじゃないか
どこかで思っていて
 
 
 

自分でしっかりはわかっていなかったけど

 

その瞬間の自分にできる最善を尽くす
 
ってこと振り返るとしていた。
 
 
 
 
他人にも自分にもずっと厳しかったけど
他人に同じような理解を求めない。
 
 
自分にも全てを完璧にする必要はない
と思うことをしながら
 
 
自分にその時できることをして
他人からの評価はいいや!
 
 
やりたいようにやって
自分がベストだと思うことをする。
 
 
 
そうすると
見ていてくれる人が見ていて
 
 
自分が手を抜いてる感覚にはならず
完璧を求めずにもいられて
 
 
結果的にうまくいくように
なったんじゃないかと思う。
 
 
 
 
完璧主義ってほんとに疲れる。
しんどい。
 
 
他人に求めることは極端に少なくなっても
自分自身には求めてしまうことも多い。
 
 
でも、完璧にいかなくてもいいと思いながら
自分にとってのその時のベストなことをして
結果を考え過ぎないってことが
 
 
とっても大事なことだと思う。
 
 
 
 
最善を尽くす寛容さ
 
 
 
たまに忘れがちになる完璧主義者さんには
 
ぜひ、心の片隅に入れておいてほしいと思います。
 
 
 
 
自分の事として振り返ってみると
おもしろいくらい出来てなかったり
なにも気づいてない時期も過ごし
 
 
いまになって、
やってきたこともあったんだな!
って気づくこともある。
 
 
 
そもそも、いろんな言葉も
受け取りづらくなっていたから
 
 
何だかわからないけど
模索してもいたんだろうね。
 
 
 
 
PTA役員時代と
その後のできごとで自分が壊れなければ
気づかなかったこともたくさんある。
 
 
心屋に出会ったきっかけも
そのことがあったからだし。
 
 
私にとっては必要なできごとで
そういう巡り合わせだったのだろうな。
 
 
 
 
うえさまはブログで
「めっちゃ当たり前のこと」と書いているけど
 
 
その「めっちゃ当たり前のこと」が
結局大事なことなんだよね。
 
 
当たり前すぎるがゆえに
忘れていることでもあるのかなって思います。
 
 
 
 
もう一度書いておくよ!
 
 
最善を尽くす
 
結果はどうなるか考えずに
 
その瞬間の自分にできる最善を尽くし続ける
 
完璧を求めすぎない寛容さ
 
 
 
それが、
自分にも他人にも優しい
めっちゃ当たり前で大事なこと。
 
 
私も忘れないように
心の片隅に置いておこうと思いますおねがい
 
 
 
 
 
きっと、完璧を求めていたから
必要な情報として入ってきてるんだな…
 
 
イ、イタイ…笑い泣き
 
 
 
 
 
 
*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*
 
いつもお読みいただき
ありがとうございますキラキラ
 
今日も、素敵なあなたに
たくさんの笑顔があふれますようにクローバー
 
eruka
 
*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*
 
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