ある少女の物語 | ナウでヤングな大人の為の心理学

ナウでヤングな大人の為の心理学

カミサマは、何となくこう思う(コラー)



周囲に田んぼと


畑しかない


田舎の家に


女の子が生まれました。



その子には


少し知的障害と


斜視のある


おねえちゃんが


一人いました。



そして


両親はお百姓でした。



お父さんは代々


お百姓さんで


お母さんは地元の


農協の組合長の


娘でした。



お百姓にとって


農協の組合長は


それはそれは


偉い人でした。



当時は、


もともとの


庄屋さんしか


組合長になれず


言わば小作人の


家が庄屋の娘を


嫁にもらったも同じ。



その女の子が


物心ついた時には


お母さんの実家で


父親がへいこらと


ひれ伏している姿に


恥ずかしい思いを


していました。



他の従兄弟たちは


こぎれいな格好で


その親達も


立派な仕事をしてました。



でも、自分の両親は


お百姓さんなので


小汚い格好をしていて


態度も奴隷のよう。



周囲に気を使い


従兄弟たちにも


「おぼっちゃん、おじょうちゃん」


と呼んでいる姿を


見せられていました。



「なんでこんな家に!」


「なんでこの親なんだ!」


「なんでこんな姉なんだ!」



ことあるごとに


生まれて来た家を恨み


両親やおねえちゃんに


キツく当たるのでした。



小学生の頃から


親や兄弟に対して


キツイ言葉を


投げかけるようになり


中学や高校では暴力も。



やがて高校を出て


社会人になっても


すぐにやめてしまう、、、。



上手く行かない人生を


ことごとく親にぶつけ


おねえちゃんにぶつけ


毎日暴れ回る日々



そのうち死にたいと


自傷行為を繰り返し


返す刀で親兄弟を


殺す勢いで暴れます。



とうとう親の判断で


地元の精神病院に


入れられてしまいました。



それから数年が経ち、


ある日知らせが、、、、



病院に入っても


暴れたり自傷行為が


続いていたとの事で


どんどんキツイ薬が


処方されていたようです。



ある日、薬で


朦朧としながら


食事をしていて


食べ物を喉に詰まらせ


帰らぬ人になりました。




そう、この女の子が


先日亡くなった


ワタシの叔母の娘です。



小さい頃から


お人形のような


カワイイ子でした。



年も近かったので


岡山の田舎に帰ると


よく一緒に遊びました。



当時からワタシは


ウチの父親の


姉である叔母や


その夫である


叔父の身なりが


凄く汚いのと


ワタシや、他の


従兄弟たちにまで


異様に気を使い


おぼっちゃんや


おじょうちゃんと


呼んでいることにも


物凄い違和感を


感じていました。



もともと、


あまり好きでは


なかったのです。



それに加えて


当時10代だった


ワタシが聞いたのは


娘を精神病院に


強制的に入れたこと。



そして、その数年後


精神病院から一歩も出ず


死なせてしまったこと。



なんていう


酷い親なのかと


決定的に嫌いに


なったのです。



その後、結婚式や


葬式で逢っても


目も合わせたくない。



ずっと無視してました。



一年ほど前に


温泉施設で偶然


叔母にあった時も


向こうはすぐに気づき


笑顔になっていましたが


気がつかないフリして


前を通りすぎました。



そして昨日


お葬式でお別れを


してきました、、、、。



親族一同も


従兄弟たちも


一様に泣いてました。



近所の方々も


また同じように


叔母を亡くして


悲しんでました、、、、。



この大嫌いな叔母も


みんなに愛されて


生きていたんだ。



そして残された叔父も


悲しみにくれていました。



下品で小汚い


百姓のおっさんだと


毛嫌いしてきた


叔父も小さくなって


肩を震わせてました。



もちろん、


長女も同じように


悲しみにくれてました。



彼女は優しい人と


すでに結婚をして


息子も高校生で


幸せになってます。



それらの姿を見て


ようやく気づきました。



若かったワタシは


従妹を見殺しにした


酷い叔父と叔母だと


思って憎みました。



でも、自分が親になり


はじめて判りました。



どんな子であっても


愛してないワケはない。



精神病院に入れたのも


好きで入れたワケじゃない。



自分たちやおねえちゃん、


そして彼女自身の身を


案じての事なんだと、、、。



その選択が


どれほど辛い


モノだったかと


当時は思いが


及びませんでした。



当時、死んだ従妹の


お葬式に行った際に


うちの奥さんも一緒でした。



当時のワタシは


物凄く怒っていて


今にも叔父と叔母に


飛び掛るくらいの


勢いで睨みつけて


いたのだそうです。



でも、考えてみると


その叔母と言うのは


うちの父親の姉であり


弟である、うちの父親が


小さい時には


面倒も見てくれてたでしょう。



その息子であり


甥っ子である


ワタシの誕生も


喜んでくれたでしょう。



ワタシだって


甥っ子や姪っ子は


物凄くカワイイです。



だから叔母も


同じ気持ちだったはず、、、



なのにワタシは


毛嫌いして


人殺しと言わんばかりに


睨みつけたり、


無視をしたり、、、、



大事な娘を


精神病院に入れ


挙句の果てに


亡くしてしまい


悲しんでいる


叔母に対して


追い討ちをかける


ようなマネをして、、、。



どれほど


悲しい想いを


させてしまったか、、、



当時は心理療法も


あまり浸透しておらず


精神病院の先生や


看護師さんと話しても


「薬を上げるしかない」


と聞かされていました。



もしかしたら、


他にいい方法が


あったのかも


知れません。



でも、当時の


叔父と叔母には


何もなす術は


無かったと思います。



叔父と叔母の


無知が罪なのか?



もう少しどうにか


ならなかったのか?



その想いは


今も消えません。



でも、叔母に対しては


一方的で傲慢な


自分の価値観だけで


ジャッジしてしまい


悲しい想いをさせて


しまったと思います。



昨日のお葬式の


最中にはあまり言葉も


思い浮かびませんでした。



でも、今は心の中で


「おばちゃん、本当にごめんな

  僕と僕の家族を愛してくれて

      本当に本当にありがとう」


そんな言葉が浮かびます。



人はみんな誰かの


大事な大事な人なんだ。



誰かの事を


心の底から


大切に思ってる。



そして誰かから


同じように大切に


思われている。



当たり前のことを


人間って言うのは


時々忘れるんだな。



自分だけの


ものさしで計り


誰かを悪者にし


傷つけてしまう、、、



相手の気持ちを


少し考えて見れば


判りそうなのにね。



いなくなってから


気がついても


遅いよね。



相手がいなくなってから


後悔しないように


これからは生きよう。



おばちゃん、


本当にありがとう。



あっちで


愛する娘と


再会してください。



心から


ご冥福をお祈りします。