先ほどまで
保育園ママ友と3人で焼き肉飲みしてきました。
行く前は久しぶりに息子に「行かないで!」と泣かれ
ちょっとソワソワしたけれど、
もうねぇ、ビールと肉がうまくてうまくて・・・
おしゃべりも楽しくて楽しくて・・・
平和な世の中に感謝しかないりんごでした。
↑この肉がね!もう最高に美味しかった♡
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その飲み会でのこと。
私、本当に今までに無いくらい
あれもこれも調子に乗ってしゃべった。
仲良くなった保育園のママ友とは
もちろん普段も仲がいいけど
昔からの知り合いではないし
今までの私のいろいろを全て知っているわけではなかった。
それでも
今日
めちゃくちゃ美味しい肉を食べながら
ビールを飲みながら
あれやこれやと話しているうちに
どんどん話が広がって
私は今まで人に話したことのなかったようなことまで
話してきた気がする。
今日一緒に飲んだママ友がこれを読んだら
驚くかもしれないけど
私、
基本的に
自分の事あんまりしゃべらない人。
というか
自分の考えは述べるけど
自分のバックグラウンドとか
自分が今までしてきて「しまった」こととか
ちょっとそれだめじゃね?
みたいなことは
巧妙に隠して
持論を蕩々と述べるような女だった。
でも
今日一緒にいった友だちは
どんどん話したくなる
どんどん聞きたくなる
そんな2人だったから
自然と
自分も
自分のことをしゃべっていた。
そしたら
どんどん話が盛り上がって
その友達の考え方とか思いとか悩みとか
そんなものを聞くことができたし
自分も
正直な気持ちを話すことができた。
なんか
この一連の流れをについて思い返してみると
セクシュアリティスクール講師
小野美世さんの言う「負けるが花」の流れに似てるな・・・
って思ったんだよね。
私、
離婚した後から
結構最近まで
もともと自分は嫌われる人間なんだから
自分のブラックな部分やダメな部分を見せたら
もっともっと人に嫌われちゃうと思ってきた。
そんな部分を見せたら恥ずかしいし
人間関係が壊れてしまう!って
勝手に信じ込んで
すっごい気を張っていたんだなって
理性的で
常識的な
「いい人」でいなければいけないって
表面的に繕って
すっごい頑張っていたんだなって
そんな風に思った。
そう。
例えて言うのならば
友達の前でも
「鎧を着ている」という感じ。
理論武装や
世間的な常識や
誰かから聞きかじった知識という「鎧」を身にまとい
さも自分は純白で
もうわかっているかのように話す、
そんな傲慢な人間になってしまっていたのよ。
でも
今日は
あえて自分から「鎧」を脱いでいった。
たとえそれが世間の常識にあてはまってはいなくても
思っていることを包み隠さず話す。
この話題はここではタブーかな?
と思うような話も包み隠さず話す。
始めは
「こんなことまでしゃべっちゃって、私、どう思われるかな?」
って少し怖かったけど、
実際に話してみたら
里の友達にもちゃんと受け入れてもらえた。
ちょっとブラックな私も
ちょっと非常識な私も
全開にしてみたら
いいんじゃん~い?
やっぱそうだよね~!
わかるわかる~!
ってそのネタから話がもりあがり
とっても楽だったし
とっても楽しかった。
そして
着ている鎧を脱げば脱ぐほど
2人との距離も縮まったような気がした。
なんの装飾もない
「素の私」でいた時間は
とても心地よくて、
またこんな風に集まりたいな・・・って思えるような時間だった。
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美世さんの言う「負けるが花」は
パートナーシップについて書かれているけれども
日常の対人関係でも
仲良くなりたかったら
まず、自分から鎧を脱ぐ
ということが大切なんだろうなぁ・・・って
身をもって体験することができたように思う。
恥ずかしくって
嫌われそうで
なんとか隠したいと思っているような部分が
本当は自分の魅力なんだなって
やっと信じることができてきたのだな・・・
と思った嬉しい夜でした。
(Photo by るっちー)

