先日、英語の先生と話していた時のことです。
その先生がどうしていいものか
困っていました。
生徒さんの1人が
「レッスン受けても
受講前となんの変化もありません。
変化が出るまで
責任持って教えてください。」
と言ってきたそうで。
ゲゲ。
他の生徒さんは
どんな感想なんですか?って聞いたら
「レッスン受けて
英語が前よりわかるようになりました。」
「海外旅行が楽しみです」
とか前向きな感想をもらっているとのことで
どうも
「全く変化を感じられなかった」という人は
いなかったらしく
同じ仕事をする者として
そんな状況になったら
私だったらどうするかな?
と思ったり。。。
で、話を聞きながら
思ったんですが、
結構、みんな
自分の変化って
わからないんですよね。
もしかすると、
この生徒さんも
“変化がない”んじゃなくて
“変化に気づいていない”だけなのかも、
と思ったりしました。
レッスン受けたら
やっぱり変化したいですよね。
「こういうふうに変化したい」
って希望を持ちますよね。
でも、
その人が望んだ通りの変化というのは
なかなか
起こらないことが多い。
ので、
自分の期待通りじゃない場合
「変化がない」って
とらえる人が多いのも事実。
脳力自体は
何かしら変化してるんですけど、
例えば
受講前、
知識の量や理解度が「3」だったとします。
受講後、
それが「10」になっていたとします。
でも本人は、もう「10」の世界にいるので
「3」の頃の自分を思い出せないし、
受講して手にした7の知識や理解が
どんなものかも
わからない。
なんというか、
おたまじゃくしがカエルになるみたいなもんで。
カエルもおたまじゃくしも水中を泳ぎますよね。
カエルの泳ぎ方は
おたまじゃくしのころとは違うけど
その違いなんて
本人はわからない。し、どーでもいい。
だって今、泳げるわけですから。
それに、自分の中にある知識に
いちいち
「これはレッスンを受けたから
得たものだ」なんて
ラベルをつける必要性がないので
いつ、その知識を仕入れたか
なんて
覚えているようで
覚えてなくて
適当なもんです。
もし知識量3が100になったら
さすがに「すごい変化だ」
と感じられると思うんですが、
なかなか、英語でそうなるには
個人の努力というか
レッスン以外の勉強時間というものが
影響します。
で、
知識量3→10という変化も、
実はとても大きな前進です。
なぜなら、
今まで自力で3までしか到達できなかった人が
レッスンを受けて10に到達しているということは、
確実に思考の土台が広がっているからです。
変化って、
なんかこう、
「わぁ!前と違う!」
って驚きを伴うものばかりではなくて
どちらかというと
驚きを伴うものの方が少ないぐらいで、
というか
私からすると驚くぐらいの変化は
本当の変化とは言えないんですが、
まあ、普通はそういう変化を
期待すると思います。
でも、変化というのは
以前より質問の質が変わっていたり
理解にかかる時間が短くなっていたり、
「わからない」と考える時間が短くなっていたり、
行動に変化が出たり
そういう、どちらかというと
静かな変化こそ
実は本質的な変化だったりします。
変化は起きていないわけではなくて
わかりにくいだけで。
自分の“できなかった頃”を思い出せないなら
それは
自然に成長している証でもあるのです。
それに
どうしても
技術や知識や
何かを変えたいと思う時には
その人の本音が影響します。
「変化したい」と心の底から思っているのか、
ということが影響します。
「変化すると困る」ことがあると
変化しないんです。
人間って
ややこしい生き物です。

