【伊耶那岐命、伊耶那美命】
①
イザナギとイザナギのお二人?は日本の島々を創り、神々を創ったとか。
最初はそれぞれの回転する方向が違ったからか、イザナミさんの方から声をかけたから蛭子が産まれたとかという話になっています。
この事を神様という存在の神話ではなくエネルギーの話として聞くと、また違った真理とでもいうように聴こえてきますね。
この氣あるいはエネルギーに流れる方向があるのを感じているヒトは多いと思うのですが、それぞれの違いはどうしておこるのか?
その前に、ここで氣というのはヒトが感じたり出したりするモノや、ヒト以外の神様や見えない世界の生き物たちが出しているモノのことを言うことが多く、エネルギーという時は自然に存在するモノなど物理的な法則に従っていると考えられるモノとしてなんとなく使い分けています。
まぁ判然としない言葉なのですが?
話を戻すと、イザナギとイザナミはエネルギーの方向性を決める言葉、コトダマと言うかオトだと考えます。
だから創造の最初の話として語られているのではないかと思うのです。
エネルギーには方向がある というのはわかりますよね?
②
偉そうに聞こえるかもしれませんが、最近の動画を見ているとそれは違うとか、氣を解ってないと感じるヒトが目につきます。
例えば鳥居の下でもエネルギーのある部分を通っている人のオーラは大きくなりますね(見える人は分かると思いますが)。
龍さんや神様はそれぞれに独特の氣を発しているので、出現してくれると画面上でもしっかりと感じ取れるものですが、「出てきてくれました」と言われていても何も変化がなかったり、「エネルギーをしっかり感じる」と言う人がエネルギーのない部分を歩いていたり・
エネルギーや氣は確かに存在していて(エネルギー体である神様などもそうです)みえたり、きこえたり、感じたり、触れられたり、テレパシーができたりします。
③
氣やエネルギーを体験していただくときに、「イメージをしてはいけない」とよく注意します。
イメージするのは、本や映画やTV、写真、絵、話などを材料として作り上げますよね?
簡単に言うと三次元的な世界のモノで作るということ。
そして厄介なことにイメージしたものがフィルターになってそこを通らないモノは除外されてしまいます。
それでは肉眼でみえないモノ、耳で聞こえないモノ、肌で感じないモノ、手で触れられないモノ、声で届けられないモノなどを受け取れないことになります。
また、神様や仏様からの強いエネルギーを受け取っている人を見ると、やってくるエネルギーの回転しているのがわかりますよね?
なかにはエネルギーを送りますと言いながら吸い取っているヒトがいます。
④
随分前ですが、折れた骨をその場でひっつけられるという人のセミナーに行ったことがあります。
その時は車椅子に座っている人が、5分ほど氣を受けたら歩けるようになった場面を見ました。
もともとどういう状態なのかは解説がなかったのですが、徐々に歩けるようになられた場面は見ました。
異世界の生き物が取れるとそういうこともありますが、通常の氣によるヒーリングでは難しいだろうと思います。
考えられるのは思念を強く相手の脳に沁み込ませる やり方なのかな~と
その時の最後に会場の皆さんに氣を送りますと言って送られた?とき
何も感じなかった。
それにその場で販売されていたパワーストーンブレスレットも氣を感じ取れなかった。
こんなこともありました。
⑤
随分脱線したので話を元に戻します。
このイザナギ、イザナミという音から濁音を抜いて(昔は濁音はなかったようですね)「イサナキ」「イサナミ」と、発音してみて下さい。
どんな感じがしますか?
今度は手のひらから氣を出しながら「イサナキ」を繰り返してみて下さい。
次に同じように氣を出しながら「イサナミ」と繰り返してみて下さい。
違うことがわかりますか?
「イサナキ」と「イサナミ」 これは氣を出す言霊(コトダマ)ですね。
さてこの練習をしてみていただいたでしょうか?
手のひらを前に向けながら 「カメハメハー」のように「イ・サ・ナ・キー」と言ってみて下さい。
手のひらから前に向けて氣が出ることが確認できますね。
同じようにしながら今度は 「イ・サ・ナ・ミー」と言ってみて下さい。
ちょっと感覚が違いませんか?
前に氣が出る感じがしなくなったのではないでしょうか?
この時は手の甲から自分の方に向かって出ていますよね? 正確には前からエネルギーを吸収して(吸い取って)いるということ。
⑥
どうして?? と思うかもしれませんが、「キ」と「ミ」ではエネルギーの回転方向が逆になるのです。
「キ」は自分から見て左回りになります。
「ミ」は逆に右回りになります。
「キ」と「ミ」はエネルギーの回転方向が逆になる「オト」なんです。
そして、自分から見て左回り(反時計回り)は自分から遠ざかり、右回り(時計回り)は自分に向かってくる。
イザナギとイザナミの神話?に戻すと、先に「ミ」の氣を出すと何もない状態で吸い込んでしまうので、うまくいかない。
まずは「キ」のエネルギーを出すと相手がそれを感じて、「ミ」のエネルギーで取り込む。 そうするとちゃんとエネルギーを受け取れるということ。
だから順序を変えるとうまくいかないという話。
こう考えると これは神様の話ではなくてエネルギーの法則の話と考えられますね。
だから伊弉諾さんも伊邪那美さんも神様ではない と言えるかも・・