この記事を開いてくださって
ありがとうございます。
私の体験が
もしかしたら
誰かの何かになったらと
記しておきたくて
メッセージとして
ここに残しておきます。
私だけではなく
きっとたくさんの人が
行こうとしている道を
私が通った時のお話です。
人生の午後を歩き始めたあなたに。
私たちはいつしか
人生の午後へと足を踏み入れ
その人生を生きるようになります。
奇跡のコースにある
私の大好きな言葉を。
"まだ見たこともない
聞いたこともないとは言え
確かに存在すると言われる世界が
あなたと共にやってくる"
人生の午後へと
足を踏み入れている過程には
喪失や不運にも思えるような
ことも起こるのかもしれません。
心の中でのことだったり
外側の出来事でだったり
そのどちらもだったり
ただ、ひとつ言えるのは
いずれにせよ
それまでの自分
それまでの生き方や、やり方を
変えざるを得ないような
流れの中に入っていくということです。
もしかしたら
絶望的になることも
あるかもしれません。
私もそうやって
ある時期に突然
心の中のすべてを失い
人生の方向をまるで違う方に
向かわせざるを得なくなりました。
どうしたらいいかわからず
絶望的な苦しい日々を過ごしました。
そして
だからこそ訪れたものが
あったのです。
人生の午後の始まり
長年に渡り
ヒプノセラピストをしてきた私。
仕事も順調で
お客様もたくさんいらしていましたし
テレビ出演もしました。
それが、ある時期を境に
突然それまでしていた仕事が
したくなくなりました。
同時に、したいこと、好きなこと
どうやって生きていったらいいか
すべてわからなくなりました。
理由はありません。
説明もつかず
ただそうなってしまったんです。
何にでも理由を見つけ出し
正当化することに慣れていた私は
理由のない
「もうしたくない」という強い衝動と
「何もわからない」という空白感に
困惑しました。
それでも
急に仕事を辞めて
収入がないと困るので
こんな気持ちも一時の気の迷いと
自分に言い聞かせながら続けましたが
不思議なくらいパタリと
仕事が来なくなったのです。
ただのひとつも。
自営業の私は
天からリストラされた気分でした。
けれど…実はどこかで
ほっとしている自分もいたのです。
これでもう
したくないことを
しなくて済むんだ、って。
経済的困窮に
そんな安堵もすぐに
吹っ飛んでしまいましたが
必然的に、私はセラピストを
やめることになりました。
人生の崩壊と暗黒の4年間
それまでの私は
これはこうだ、と強く信じるものを持ち
起こる出来事の理由や原因を探すのが得意で
解決策も知っていました。
(知っている「つもり」でした)
そんな自分が好きだったし
そんな生き方が、よい、正しい
そう信じ、進んできました。
だから、それまで通り
何もわからくなった自分を
分析しましたし
そこから抜け出すために
以前の解決策を試みようとしましたが
精神のよどみは増していくだけ。
その時、私はすでに
なんの理由もなく
それまでの生き方をしていくことが
できなくなっていました。
それまで自分が
正しいと思っていたこと
よいと思っていたことに
激しい違和感を感じ
それを境に
考え方や生き方や
大切だったもの
人生やキャリアにおいて
構築してきたもの
自分の中にあったほとんどのものが
もはや、自分にとって
素晴らしいもの、価値あるものでは
なくなってしまったのです。
それと同時に
パートナーのあぶが
庭師から写真家に転身
当然仕事はなく
ふたりとも無収入になりました。
今までしてきたことはしたくない
でも、何をしたらいいかわからない…
丸裸で世界に
放り出されたような
気持ちのまま
生活のために
製菓工場や郵便局のパート
チラシ配り、ショップの店員
手当り次第やりました。
それでも収入はたかが知れており
カップラーメンやパンの耳を
食べるような生活をしました。
お金の心配をするがあまり
娘の学校の体操服を買うことに
躊躇しました。
アパートの更新費用が払えずに
借金をしたこともあります。
精神的にも追い詰められた毎日。
ただ髪振り乱して働きました。
精神的にも経済的にも
オシャレするゆとりなど
ありませんでした。
イキイキと輝く人、幸せそうな人
うまくいっている人を
見るのがつらかった。
妬みもしました。
同時に道を見失って
世の中の底辺にいるように感じる
自分を責めもしました。
まるでそれまでの人生が
崩壊したようでした。
振り返って
「暗黒の4年間」と
呼んでいる時期です。
ほとほと疲れ果て
心がボロボロになり
何もわからなくなったそんな中
2011年に
書籍、奇跡の道・兄イエズスの教え
映画、ザ・シフトに出会います。
それによって
自分の中で起こったことが何だったのか
その答えを知ることになります。
変容の旅
何もかもがうまくいかず
出来事は悪い(と感じる)方へ
どんどん流れていき
つらいことばかりの毎日でした。
希望のかけらもなく
自分がただ呼吸をしている
肉の塊のように感じました。
一生このままで
終わるのではないかとさえ思った
そんな、地を這うような4年間。
それは、不運や罰や仕打ちでは
ありませんでした。
また、私自身が堕落して
ダメ人間になったわけでも
ありませんでした。
自分は何もおかしくなかった…
そう、私は変容の旅をしていたのです。
映画「ザ・シフト」でも
引用されている
私の大好きなユングの言葉をここに。
「人生の午後は予期せぬ時に訪れる。
しかし、最初のうちは
それまでの心理と価値観が
正しいと信じている。
だが、人生の朝と午後では
プログラムが異なる。
人生の朝に輝いていたものは
午後に輝きを失い
人生の朝の真実は午後に偽りとなる」
この言葉を目にした時(映画の字幕)
涙が溢れました。
子供のように声をあげて
わんわん泣きました。
自分に起こったことは
間違いではなかった
人生の午前から午後へと
シフトする過程を体験していたのだ
無条件にそう思えたのです。
本当に、本当に、うれしかった…
人生の午前
それは自我的生き方であり
人生の午後
それは魂に添った本質的生き方
と言われています。
確かに、私は
それまで価値を
感じていた(輝いていた)ものを
もう自分のものにしておくことが
できなくなっていました。
それを自分のものにしておくのは
自分への偽りだったのです。
自分にとっては
すでに偽りであるものを
もういらないと思いつつも
他のものを知らないがゆえに
しがみつきながら
何かが違う、何かがあるはず
そう感じていた私は
4年の歳月をかけて
いらないものを削ぎ落とし
「何か」を待っていた。
私のどん底だった4年間が
どれほど恩恵に満ちた
出来事だったのかを理解するのに
時間はかかりませんでした。
振り返ると
落ちぶれて荒れ果てたように
見える体験は
自分に帰る旅そのものでした。
遠心分離機にかけられ
自分のものにしておけなくなった
観念や生き方、現実的選択を
自分の意図とは関係なく
引き剥がされるような
そんな時間だったのだから。
寒く暗い夜の終わり
そして、喜びや幸せを
感じるものが変わっていきました。
今、ここにいて
空が青いこと
風が、陽射しが、気持ちいいこと
木がざわめくこと
家族がいること
お布団があること
お風呂があること
外側はないないづくしだけれど
「ある」とも思っていなかったものが
そこに確かにあり
それそのものが
豊かさであることを
感じるようになっていきました。
現実はボロボロで
変わっていないのに
なぜこんなにも幸せを感じるのだろう…
不思議に思いました。
心だけが入れ替えられたかのように
私の内側が変わっていたのでした。
そして、その幸せは
私がかつてどんなものでも
味わうことのなかったものでした。
なにもないのにみんなある、そんな感覚。
立派であるために
認められるために
受け入れられるために
豊かであるために
困ったことにならないために
嫌われないために
固守してきたもの
とらわれていたもの
こうしなければならない
こうしてはいけないそんなものが
すべて崩れ去ったのに
私はかつてないほどの幸福感に
静かに満たされていったのでした。
今まで、幸せになるために
必要だと思っていたものは
一体なんだったんだろう…
私を翻弄してきた
あらゆる感情の波でさえ
もう私を本当の意味で
苦しめることはできないとわかりました。
たとえそれが
これからも度々訪れようとも。
うまく説明できませんが
これが本当に欲しいものであり
私はこれを体験するためにここまで来た
そうわかったのです。
わかるために
理由も何も必要ありませんでした。
ただ、わかったのです。
現象として起こることは
どんなことであれ
私達をしかるべき場所へと
いざなうためのものに他ならないことを
体験を通して、理屈を超えて
自分の中に落とし込んでいったのでした。
その頃からです。
長い暗いトンネルの終わりに
さしかかったように
感じ始めたのは。
春の気配をなんとなく感じる
冬の終わりの頃のような
感覚でもありました。
それは、長い長い
暗く寒い夜の終わりでした。
人生の午後へのシフト
その頃から
それまで目にしなかった
情報が入ってくるようになりました。
それは
人の意識の目覚めに
関するものでした。
また、新しい出会いや
新しい形での仕事
色々なものが人生に
流れ込んでくるようになり
心躍るもの、欲しいもの
目指したい場所が明確になって
喜びと豊かさが増えていきました。
人生の午前を
生きていた時とは違う世界でした。
それから私は人生の午後を
よちよち歩き始めたのです。
人生の午後を生きるにあたり
心の中にあったものを失ったことで
私はまるで赤ちゃんのように
すべてを学び直しています。
そのテキストが
「奇跡のコース」です。
それにより
人生の午前には
見ることのなかった世界を
見ることになりました。
シフトは一瞬ですべてが
切り替わるのではなく
午前がフェードアウトし
午後がフェードインしてくる
そんな過程を通過するように思います。
私もいまだに午前の余韻に
惑わされることがあります。
色々な感情に翻弄されることも。
それでももう二度と
人生の午前に戻ることはできません。
以前の私なら理解不能なこと。
今も完全に
わかっているかと問われれば
そうではないでしょう。
ただ、ようやく
わかってきた、と言うか
腑に落ちているのは
私達は自分が思っているような
世界には住んでいないということ。
肉体をまとって
この世界を体験している
魂であるということ。
私達すべての存在は
価値ある素晴らしいものであり
とても美しいということ。
そして
親や学校や社会は
教えてくれることのなかった
大いなる摂理がそこにあり
それを忘れてしまっているということ。
恐ろしい夢にうなされるように
幻想に惑って生きているけれど
真実を知って
それを終わらせるために
ここにいるということ。
それを
悟りと言う人もいるし
目覚めと言う人もいるし
表現は色々だけど
私達はそこに向かって
生きているということ。
それは
人生においての
最大最高の冒険。
その冒険をするのに
条件は必要ありません。
ただ
もし必要なものがあるとしたら
それは「勇気」と「意思」だと
思っています。
人生の午前に
慣れ親しんだ考えや行動を
午後の自分に切り替えていく
勇気と意思。
自我の声に従うのではなく
魂の声に従う勇気と意思。
そのために訪れるものを
体験していく勇気と意思。
自我としての自分から考えたら
時にそれはとんでもないことです。
よくないことが
起こるかもしれないという恐れに
これからどうなるか
わからないという不安に
がんじがらめになって
一歩も動けなくなることも
あるかもしれません。
どうしたらいいか
わからなくなることも。
そして、思いとどまり
それまでと同じ道を
行こうとするかもしれません。
それでも、見えない力は
常にはたらきかけ
私達をいざない続けています。
人生の午後を歩き始めたあなたに
人生の午後は
自分でも気づかないうちに
訪れています。
人生の午後を生きるようになると
それまでの考え方
生き方が窮屈に感じたりします。
当たり前だったこと
自分にとって正しかったこと
素晴らしかったものに
大切なものに違和感を感じたり
どうしてもそれが
今の自分にフィットしない
ジレンマや苦しさを
感じることもあるでしょう。
ある時期を境に
それまでうまくいっていたことが
急に失速したり
うまくいっていても
何かが違うという感覚を
覚えることもあるでしょう。
何らかの出来事により
それまでの人生が
強制終了されたかのような体験を
する方もいらしゃるでしょう。
そんな時、人は困惑します
これからどうやって
生きていったらいいのかと。
一見喜ばしくない状態に思える
そんな時、私たちには
「シフト」が訪れていることがあります。
それまでの生き方を変える時が。
望む望まないに関わらず
それは訪れます。
生きずらさが「サイン」となって
行く別の道を示され
導かれています。
そうして人は人生の午後へと
足を踏み入れていくのです。
あなたには
どんな「サイン」が
訪れているでしょう。
あなたの魂は
何を伝えようとしているのでしょう。
声なき声で何を訴えているのでしょう。
そして
どんな旅をしているのでしょう。
その答えは
必ず見つかります。
「それ」が「起こる」時に。
私たちは想像を絶するほど
愛されているのだから。
人は絶望によって目覚める
「人は何によって目覚めるのか。
それは瞑想などではなく『絶望』である」
奇跡のコースを書き取った
ヘレン・シャックマン女史とも
直接親交のあった
奇跡のコースの教師である
ジョン・マンディ氏の言葉です。
どうか安心してください。
もし
困っていることがあるなら
苦しんでいることがあるなら
それを終わらせる時が
近づいています。
また
「何か」を探し求めているとしたら
「本当のこと」が知りたいと
思っているとしたら
どうか安心してください。
それが訪れる時が
近づいています。
知らぬうちに訪れた人生の午後
その道を歩き、体験を重ね
私は生きています。
シフトした人生を生きて
体験したこと、感じたこと
今の私になって表現できることを
ブログに書いています。
そして、それが
同じくその道を歩く人のための
何かになったらいいなぁって
思っていますし
そのために何か
できたらと思っています。
それは、私がずっと
誰かにしてほしかったことなのです。
最後まで読んでくれて
本当にありがとう。
行こう、人生の午後を
同じ道を行くあなたと
人生の午後で会えることを
楽しみにしています。
行きましょう、人生の午後を。
奇跡の道を。
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