自分解放応援団☆いーちゃんです
昨日はね、娘はこども園をお休みして
耳鼻科に診てもらったの。
中耳炎になりかけのまだなってないくらい。
でした。
そしてとても元気✨
耳鼻科の後は、2人でランチして
プリン公園に行き遊びました
そして帰宅してようやく昼寝…
が母から『おばあちゃんが亡くなった』と。
ちょうど公園で遊んで帰る頃だ。
老人ホーム?の施設に入ってた祖母。
この一週間で3回娘と会いに行ってて。
それが火曜日に突然、酸素数値が低くなったとかで入院したの。
そして水曜日(昨日)の朝は
歩く練習すると言ってたくらい
普通に元気だったんだって。
突然の自然死なのか病死なのか
享年89歳。大往生✨
お婆ちゃん去年の秋頃にも入院してて、
病院が通いやすくて
かなりの頻度で会いに行ってたの。
その時に「旦那さんが帰ってきはるから帰りや」
っていつも気遣ってくれて。
「おばあちゃん、旦那さんは帰ってけえへんから大丈夫やねん。」
「仕事が忙しんか?」
「うん。仕事…ということにしてる。週1日しか帰宅しないねん。」
察したおばあちゃんに少し事情を話したの。
「辛いなー。心苦しいわ。そうか。心が痛いわ」
そう言ってくれたの。
痴呆も入ってたし
耳も遠いし
会話という会話は
あまりした事なかったのに。
不思議な空間だったなー^ ^
私は笑いながら泣いていて
お婆ちゃんと静かに心の奥で繋がって
とても嬉しく感じたの。
ずっと島根県でいたお婆ちゃん。
もともと大阪の庄屋の娘で。
自分付きのお手伝いが2人いたような育ちで。
プライドも高く、自分の事は自分でという
意識が強かったな。品もある人だった。
私にはお茶目で、言葉が発せれなくても
ジェスチャーで意思疎通が出来ていた。
それに入院してから痛いとか愚痴を
私は一切聞いた事がない。
私の両親からすればそれはやりにくく、
色々あったみたいだけど。。。
私にとっては言葉少なに
心が痛いと言ってくれ、理解してくれ、
どれ程ありがたい存在だったか…
それ以来、その話は一切お互いにせず
今週の月曜日に会いに行ったのが最後となった。
もうね、お婆ちゃん死ぬ準備しかしてなくて
毎回会ったら「元気でな」って言うの。笑
月曜日は言わなかったな…
面白かったのは娘の反応で。
「お婆ちゃん死んじゃったんやって」
と伝えると、
「それはたいへん!しんどいからねんねしてるんじゃない?」って。
お婆ちゃんの肩さすりながら泣いてる私に
「ママ、お婆ちゃん起きちゃうからさわったらあかんよ」って。笑
「ママ、おはな出てるよ?…涙出てるよ。ママ大丈夫?」
っていってギュってハグしてくれたの
わかってないのにわかってる、、、
まだ2歳なのに凄い感性と言語能力。
旦那さんは帰宅しても、帰宅しない私たちに
ラインを送ってくれました。
割と優しいです。
離婚の話はリセットされてる。良かった
昭和を支えた強い女性の生き様の
最後の数年を間近でみれたこと
とても嬉しく思います。
お婆ちゃんお休みなさい🌙
いーちゃん