いつでもハロウ!
頑張りすぎる人間関係専門カウンセラー
もりわきまりこです
【自己紹介 ①】不登校になるまで
【自己紹介 ②】働く引きこもりイラストレーター
【自己紹介 ③】自分を棚に上げたままでカウンセラーになりました(最終話)
雑記つれづれ。
こうあるべきに縛られて、
やってみたいことが出てきても、
つい諦めてしまう方へ。
気になるなら、やってみよう。
自分の味に気づけることがあるよ〜
という話です。
わたしは20歳前後の頃、
読んでいた雑誌に、好きなモデルさんがいました。
その方を見ると、
いつも目が釘付けになりました。
モデルの小泉馨さんです。
世代的にご存じの方なら、
「玄関開けたら、サトウのごはん」のCMの方です。
とはいえ、
実はわたしは、そのCMのオンエアをほぼ見たことがありません。
地元ではあまり流れていなかったのかな。
未確認ですが。
とにかく、
その方のまとう空気感や世界観が、
他のモデルさんとはまったく違って見えたのです。
当時のわたしは、
陰気な世界観3000%で生きていた時代でもありました。
小中学校時代は、
ずっと「中の下のブス」みたいな扱いを受けてきて、なんだかんだ自分自身でも無意識に採用もしてきました。
全体的に見ても、なかなか、ひどい話です。
ただ、
18歳の時に自画自賛をし続けたことで、
顔そのものへのコンプレックスは、ある程度なくなりました。
鏡をずっと見ていたら、
「あれ、これもありだな」
と思う瞬間に出会えまして、秒で気にならなくなったんですね。
よかったよかった。
ただ。
わたしは、おでこが狭いのです。
当時、
たしか顔相学の先生が、
笑っていいとも!で
「おでこが狭い人は、世間が狭い」
というようなことを言っていたのを覚えていました。
それを聞いて、自分はもちろん、
周りを見渡すと該当者ばかり。
あらやだ。
一方で、
どこかで
「おでこは、狭いながらも出した方が運が開ける」
という話も聞いていました。
(もうどこまでも、メディアに振り回されて生きていますね・・)
そんな中、雑誌で見ていた小泉さんは、思いきりおでこが狭かったのです。
しかも、四角いおでこ。
なのに、
ものすごくかっこいい。
はあ〜〜。
すてき。
美しい。
アリだぜ。
ありがとう。
その瞬間、まりちゃんは思いました。
やってみよう。
その日から、ヘアバンドでおでこを出す人になりました。
最初は、頭の中で声がしました。
「狭いくせに!」
出た。
呪いの声。
でも、無視です。
当時のわたしは、
おでこが狭い
イコール
目の保養にならない。
目の保養にならないものは、表に出すべきではない。
そんなふうに、勝手に決めていたのです。
今思うと、なかなか乱暴な価値観です。
でも、この
「目の保養にならないのだから、表に出すべきではない」
という価値観は、おでこに限らず、わたしの中にたくさんありました。
長らく、わたしを縛りつけていた考え方です。
ベースには、母の価値基準や、
地域の常識がありました。
見た目のこと。
体のこと。
女の子らしさ。
人からどう見えるか。
恥ずかしくないか。
みっともなくないか。
そういうものに、かなり縛られていました。
揶揄されることも多かったし、
わたし自身も、他人をずいぶん裁いてきました。
(自他の境界線が狂ってましたからねえ)
たとえば、
おっぱいが小さいなら、
ブラジャーをする段階には至っていない。
なのに、してるやつはどうかしている。
・・とかね。
中1の時でしたね。
こーわ。
根っこをたどれば、
the!他人軸バリバリです。
これは言い切れます。
自分がどうしたいかより、人からどう見えるか。
自分が好きかどうかより、
周りの基準に合っているか。
自分が心地いいかより、
誰かに笑われないか。
そんなことばかりを基準にしていました。
それは、
自分の可能性を自分で閉じる、
非常に狭くて、つまらない生き方でした。
周りの人の価値観で自分を守る生き方は、
ある時期までは、
子どもにとって必要なこともあるのかもしれません。
ただ、本来なら反抗期を経て、
少しずつ自我を取り戻していくのが、
健康的な流れなのかなと思います。
でも、わたしの場合は、
中途半端に荒れて、
母に泣かれて、
可哀想になって、
不本意なまま折れて終わるという、
なかなか最悪な反抗期の結末を経験しています。
その後、タイムラグがあっても、
自分なりに自分を取り戻していければよかったのですが、
そのまま中年と言われる年代にまで
突入してしまいましたからね。
まあなーー。
でも、この、おでこを出すことは、
自分にとって、いいきっかけになりました。
「狭いから出さない方がいい」ではなく、
「狭いけど、出してみたい」に変わった。
「似合うかどうか」より先に、
「わたしは、これをやってみたい」を採用した。
これは、わたしにとって大きかったのです。
今は、
生え際に白髪が大量発生していて、
染めが落ちている時も多く、
昔ほど、しっかりめにおでこを出さなくなりました。
でも、前髪で隠していると、
なんだか陰気な感じがして、
あまり好きではありません。
この前、久しぶりにヘアバンドをしたら、
「あ、これこれ」
と、自分の顔と久しぶりにご対面できたようで、うれしくなりました。
前髪があるからダメ、という意味ではありません。
前髪が似合う人もいます。
おでこを隠す方がしっくりくる人もいます。
そこは、人それぞれです。
ただ、わたしの場合は、
「自分を隠す方向へ、自分を導いている感じ」
が嫌なのです。
それは、やめてあげたい。
わたしの話は、そこです。
ちなみに母は、髪が長いのも、わたしの髪型も、
ほぼ気に入らないそうです。
折に触れ、
「カルト教団の元教祖のようだ」
などと言ってきます。
なかなかの表現力。
(てめ、このやろー!ですよ)
でも今のわたしは、
「大きなお世話だよ」
と言って、無視しています。
昔だったら、かなり影響を受けていたと思います。
似合わないのかな。
変なのかな。
やめた方がいいのかな。
そうやって、外側の声に、自分の感覚を明け渡していたと思います。
でも今は、わたしの髪型は、わたしのものです。
わたしのおでこも、わたしのものです。
わたしの顔も、わたしのものです。
わたしがどう扱うかを、わたしが決めていい。
誰かの目の保養になるために、自分の体や顔や雰囲気を整える必要はありません。
自分が自分を見た時に、
「あ、これ好きだな」
と思えるか。
「これ、わたしっぽいな」
と思えるか。
「やってみたかったこと、やってあげられたな」
と思えるか。
そこが大事なのだと思います。
こうあるべき。
これは出すべきではない。
これは隠すべき。
これは恥ずかしい。
これは似合わない。
そういう呪いは、日常のあちこちにあります。
でも、その呪いを一つひとつ外していく入口は、
案外、小さなことだったりします。
おでこを出してみる。
着たかった服を着てみる。
やってみたかった髪型にしてみる。
似合うかどうかはさておき、一度、自分にやらせてあげる。
やってみて、違ったら、また変えればいい。
でも、やらないまま、
誰かの価値基準だけで自分を閉じ込め続けるのは、
とてももったいないことです。
気になるなら、やってみよう。
その中で、自分の味に気づけることがあります。
わたしにとって、おでこを出すことは、
ただの髪型の話ではありませんでした。
自分を隠す呪いから、少し外に出るきっかけでした。
このシリーズの話は、
振り返ってみるとネタの宝庫なので、
また書きます。
今日の話が、
「あなたが前進するのを阻むこだわり」
が少し外れていくきっかけになっていたら、
わたしもすんごくうれしいです。
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