37年前

午後の診療中に体の異変を感じ

最後の患者さんを診終わってから自分で救急車を呼んだ父

 

搬送先で

しっかり自分の病状説明を行ってMRIに入り

しかしMRIから出て来た時には意識が失く

そのまま70歳であっという間に逝ってしまった父

 

当時44歳だった私にとって

70歳とはそこそこ人生真っ当出来た年齢では

と思えていましたが

自分がその歳をとっくに10年も超えた今

70歳はまだ若かったんだな〜と感じるように。。。

 

「明日又いらっしゃいと言われて来たのに

あまりに突然すぎる」、、、と

クリニックの玄関で呆然と立ち尽くしていた患者さん

 

靴をすっとばしながら玄関に脱ぎ捨てて駆け上がり

「先生!」・・・と

一言発しただけで後は言葉にならず

長い時間ただじっと父の横に座り続けていた

葬儀を依頼したら偶然患者さんだった葬儀会社の社長

 

教会で

「これから私はどうやって生きていけば良いのか」

と棺に縋って泣き崩れていた患者さん

 

どんなに寒い深夜でも往診依頼を一度も断ったことはなく

飛び起きてスクーターに乗り

往診に出かけた父

 

そのスクーターのエンジンがかかる音で目が覚め

音が遠ざかって行くのを聞きながら再び眠りに落ち

やがて帰ってきたスクーターの音で又目が覚め

遠い意識の中で父が家の中に入ってくる気配を

朧げに感じながら尊敬の念を募らせていた小学生の私でした

 

富士山が好きだったから、、と

富士が見える山の天辺に母が用意した墓地は

あまりに遠くて母含めて誰もほとんどいかず汗

 

それから十年が過ぎ、母が旅立ち

いや〜あの遠い、とおぉ〜い墓に母もまた入れる?

・・・となって

その遠いいとぉ〜いお墓は誰も行かれないから

とりあえず墓じまいしてから

新たに近場のお墓用意する?・・の時点で

私達がいなくなったら誰も墓守いない、、、あせるの現実

 

生前父が「俺が死んだら海に、、、」と言っていたのを

冗談に受け止めていたけれど

いや、本気でそれ考えよう。。。

 

そして考え抜いた結果、やはり散骨するしかないと

まずはパウダーにしてもらい準備を進めたものの

決心とは裏腹に

最後の散骨実現に踏ん切りがつかず、、、、

 

ずっとそばに置いたまま

気付けば墓仕舞いしてから20年越える歳月が経ち笑い泣き

いよいよ次は私たちの番・・・が見え隠れし始めた今年に

ようやく散骨の踏ん切りつけました

 

申し込んだ散骨チャーターボートは8人乗り

家族13人は乗れないので

忙しい皆んなが好きな時間に来て、好きな時間に帰れる

自宅お別れ会をしました

 

お正月以来の家族大集合

大鍋に肉じゃが炊いて

キャベツ🥬とキュウリ🥒をひたすら千切りした

特大ボールいっぱいのサラダ

 

オーブンに放り込めばいいローストビーフを5本

其々の家のパパ達に

自分の家族分を焼いてもらうスタイルのステーキ🥩肉12枚

新じゃがチンしたホクホクじゃがバター

2パックの明太子

8合の白米

食べて、飲んで、陽気な自宅ドンちゃんお別れ会です

 

次女のミア先生はマレーシアの招待学会で欠席

午後からラグビーの試合がある高校生の孫息子は

Drと私の分のステーキ肉を差し出した3枚と

肉じゃがどんぶりメシを平らげて

家族全員集合する前には試合に出かけてしまったので

残りの11人で記念写真

 

  

 

用意した献花台と

灰の代わりに片栗粉入れた蝋燭立てに

 

 

孫の結婚も知らず

ましてやひ孫の誕生など知る由もない私の両親に

クリニックから切って来たアナベルの花びらを

孫とひ孫達其々自己紹介しながら献花し

キャンドルに火を灯し

1人ずつお別れをしてもらいました

 

  

 

お別れ会の1週間後

梅雨の合間に運良く快晴になった6月のある日

竹島桟橋付近から出港するボートに乗って

 

  

 

  

 

家族5人で海洋散骨しに

羽田沖へ

 

  

 

散骨会社が用意してくれたお花と

持参した京都の紫陽花、クリニックのアナベル、

ベランダのダリヤやクチナシを持って出発です

 

  

 

羽田沖に向かってボートは滑るように海を走り

やがて

晴れ渡った青い空、輝く太陽が眩しい煌めく海から眺める

東京のパノラマが広がると

 

皆んな歓声をあげて其々写メ撮りまくりで

完全にクルーズ気分、、、笑

 

  

 

海から眺める東京

マンハッタンみたいです

 

  

 

  

 

レインボーブリッジを見上げて

東京タワーとスカイツリーを左右に見る景色の

絶景東京湾クルーズ♪

 

  

 

  

 

  

 

  

 

自衛隊護衛艦の本物

 

  

 

それにしてもあまりの上天気で

日差しの強さ半端なくたまりかねて日傘差したら、、、

風で傘が飛ぶと危ないからと止められてしまいました汗

 

  

 

滅多に見ることが無いと言う富士山が

お見送りしてくれているかの様に顔を出し

 

  

 

  

 

40分ほど走った羽田沖

 

  

 

空からは

新幹線並みにひっきりなしに飛行機がやってきて

 

  

 

着陸誘導橋に沿って次々降りていきます

 

  

 

間近に見る飛行機の大きい事

 

  

 

やがてボートはエンジンを止め

讃美歌が流れる中

溶ける袋に入った両親2人のパウダーを1人ずつ両手に持ち

感謝と愛を込めてそっと海に流し

花びらが漂う海で今度こそ本当の別れです

 

  

 

  

 

長い間私の手元に置いてしまいましたが

きっと父は母を連れて

この太平洋を渡り故郷の台湾に帰って行く事でしょう

 

供養の鐘を鳴らして黙祷

 

  

 

波にもお天気にも恵まれ

素晴らしいクルージングまで出来た

久し振りの家族5人水入らずで行った海洋散骨

無事に終えてホッとしました

 

  

 

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