40代に入り、ふと「ミッドライフクライシス(中年の危機)」という言葉に出会ったとき、すとんと胸に落ちるものがあった。
ここ最近、感じていた得体の知れないやる気のなさや、他人への無関心の正体はこれだったのか、と。
この言葉は、40代から50代にかけて、これまでの生き方に疑問を感じたり、心身の変化に戸惑ったりする心理的な葛藤の時期を指す。
人生の折り返し地点に立ち、「自分はこのままでいいのか」と足元が揺らぐような、誰にでも起こりうる潮目の変化だ。
思えば、幼い頃に思い描いていた40代の女性は、もっと迷いもなく、何でもスマートにこなす完璧な大人だった。
常に身なりを整え、周囲に気を配り、毅然とした【正解】をもつ。
そんな隙のない「理想の姿」をどこかで追い続けていたのかもしれない。
けれど実際にその年齢を迎えてみれば、現実は迷いだらけだ。
これまでは職場の人間関係、恋愛、親戚、実親、夫婦、そして今は我が子のこと。
常に自分以外の誰かのために、膨大なエネルギーを使い続けてきた。
だが、人生の後半戦を前にして、ふと思う。
もう周りに振り回されたり、負の感情を引きずるような人間関係にエネルギーを割いたりするのは、まっぴらだ。
体が自由に動く期間は限られている。
その貴重な残りの時間を、誰かの期待に応えるためだけに費やすのは、あまりにももったいないじゃない。
これからは「得る」ことよりも「減らす」こと、つまり引き算の生き方へと舵を切る時期なのだと思う。
完璧主義をやめ、「なるようにしかならない」と腹をくくることが増えた。
相手に過度な期待をせず、自分にとって心地よい距離感を保つ。
それは冷淡になったのではなく、後悔なく生きるための、大人としての賢い選択だ。
「~すべき」という重い鎧を一つずつ脱ぎ捨てて、ようやく自分自身の人生を歩き出そうとしている。
自分だけの聖域を何よりも大切にしたい。
誰のためでもない、自分として納得できる時間を積み重ねていくこと。
それこそが、40代という壁の向こう側にある、軽やかな景色へと繋がっている。