夏休みが終わり、新学期が始まった。
2年生の次男のクラスでは、5人ほどが休み。1年生のときから来たり来なかったりする子もいる。
次男は、新学期早々、5人ものお友達が休んでいることに驚いているようだった。
学級担任はいつものように子どもたちの変化には無関心らしい。
1年生の冬頃、次男が朝起きると「お腹が痛い」と言って休みがちになり、当時の担任に相談したことがある。
担任からは「新1年生はなんとなく行きたくないなぁってなって休んじゃう子が多いんです。学校でトラブルがあったりとかではないと思います。他のお友達も何人かそんな感じです。」と言われた。
この時は、担任が把握していないだけで、突然叩かれたりのトラブルはあった。
だが、幸い、1ヶ月ほど、行く、行かないを繰り返したが、次第に休まずに行けるようになった。
今思えば、「お腹が痛い」は言葉にできない不安のサインだったのだろう。無理強いせず、子どもの気持ちに寄り添ったことがよかったのだと思う。
「いつでも連絡ください」が空虚に響く
新学期を迎える前、教育委員会から「夏休み明け、お子さんが行きたくないと言ったら、いつでも連絡くださいね」という一斉メールが来ていた。
しかし、連絡したところで、実際に何かしてくれるわけではない。
これが関連するのであろうか。新学期、学校で「生活リズム記録カード」が配布された。
起床時間や就寝時間を書かせるという新しい取り組みらしい……。
たしかに、夏休み中の夜更かしや朝寝坊が原因で来られない子もいるのかもしれない。
だが、1年生の頃から休みがちだった子の問題が、生活リズムの乱れだけのはずがないと思ってしまう。
子どものSOSと、大人の都合
夏休み明けは、連日の運動会練習が嫌で来られなくなる子もいる。
日にちがないので、休み時間を削って練習したり、何度もやり直しをさせられてたりと苦痛になってしまうのだ。
子どもは、暑さの中でダンスや並び順をひたすら練習させられることのストレスをうまく言葉にできない。
リレーなんかも「あの子のせいで負けた」とか。
子どもの「行きたくない」というSOSを、学校や教育委員会は本当に受け止めてくれるのだろうか。
形式的なメッセージの裏で、何もしてくれないのではないかと、親は感じてしまう。
誰もが直面する不登校。親子は手探りで模索する
いつ、誰が不登校になるかはわからない。
一度学校に行けるようになったからといって、もう安心。ともならない。
不登校には正解がなく、親子は常に手探りで模索し続ける。
親としてできることは、子どもの何気ない言葉のサインを見逃さず、不安な気持ちに寄り添い、安心できる居場所を作ってあげること。
それが一番大切なことだと、改めて感じている。


