今日は科学からノンデュアリティを紐解いてみました
私は以前4年間くらい、物理学者の保江先生を師匠と呼んでいました 東京の付き人みたいな役割です
保江先生はスイスジュネーブ大学の講師をされていて「保江方程式」を見つけた方です
保江方程式はシュレーディンガーの方程式をよりシンプルに解析した方程式なります
その保江先生が語っていた「世界の成り立ち」はノンデュアリティそのものでした
阿部敏郎さんの仲立ちで菜穂さんと保江先生の講演があり、楽屋に居た思い出があります
保江先生がワインを嗜みなが「世界」を語ってくれました
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世界は完璧しかなかった
物理学でいう完璧とは対称性が微塵にも崩れていない世界を指す
その世界はこの世の如何なる表現でも表現できない
そもそも「無」は「 」になる
無と表現したら「 」これではない
無の境地とは、もっとも「 」これに近い場所に存在する「非対称性の存在」になる
空海の「空」は「 」これを知ったとき他に表現のしようがなく使った「表現」と言える
色即是空空即是色
これはノンデュアリティに通じる表現になる
物理学で色即是空空即是色を表現すれば
完璧だった世界があるとき「破れた」これを物理では「対称性の破れ」と表現する
「 」これが「無」に変容した瞬間だ
対称性が破壊され生じた「無」が更に破壊され「いまの世界」は生じている
対称性が破壊され生じた世界は「 」これに戻ろうと動いている
即ち全ての現象は「 」これに戻ろうとするエネルギーで生じている
だから「間違わない」
世界の現象に間違いなど起きない
といいながら秘書の太ももを触っていた
天才でありド変態なのが保江先生だ
好き嫌いは分かれる人物になる
私は保江先生の天才面は群を抜いていると判断していた この人以上に頭のいい人を知らないと判断していた
真実は「 」これ
真実を知ったところで「自分」は救われない
自分という「対称性の破れ」には「自分らしさ」が必須になる
自分らしさを掴まないと「存在している充足感」は掴めない
確かに懲役をくらおうと、それは「 」これに戻るエネルギーでできているのだから
そこから眺めれば問題などない
これを許せる人物は勝手に過ごし懲役を食らえばいい
なんのために対称性の破れから産まれたのか?
ここに呼応している知識がノンデュアリティだと理解している
自分が生きる喜びを安定して味わうには「自分らしさの会得」は必須になる
自分らしさは長所短所運命ではない 魂のブループリントでも過去生でもない
いま発生した感情と衝突していないか?
感情に呑まれ思考していないか?
感情を込めることが「心を込める」だと勘違いしていないか?
たぶん矢作先生の「いまここ」も、並木さんの「統合」も、空海さんの「空」と同じ
完璧な対称性の世界「 」これを示す表現なのだろう
矢作先生も並木さんも空海さんも「感情に呑まれる」ことはない 感情と衝突しない「自分らしさ」を会得している
感情と衝突しない自分らしさ 自分らしい「感覚」の会得
これが自分という対称性の破れには欠かせないパーツになる
真実が何かはわかった ならここからどうする?
自分という対称性の破れにとって「真実」は通過点に過ぎない
個性は
感情との衝突を避ける「自分らしい感覚」の会得になる
私はこの判断を100%信仰している(笑)

