5月9日、GW最後の日に二子玉川の五島美術館 に行ってきました!
ちょうど3年前のGWに行って以来、2回目です。
お目当ては、五島美術館GW恒例の「国宝 源氏物語絵巻」です。
ここのところ、万葉集にはまっていて古代のものばかり読み漁っていた私ですが、
久しぶりに平安時代に戻ってきました(^-^)/
今回は、GW前半に「鈴虫一」と「鈴虫二」
後半に、「夕霧」と「御法」
と分けて展示されていました。
前回訪れた時には展示されていなかった「国宝 紫式部日記絵巻」も
同時に展示されるという嬉しい嬉しいおまけ付き?!です。
そもそも「源氏物語絵巻」というのは、全五十四帖から成る源氏物語の各帖から
一~三場面を選んで絵画化した「絵」と、
その絵に相当する箇所の原文を抜粋して書写した「詞書」
の二つから構成されています。
成立は十二世紀前半から中頃と言われており、
源氏物語が世の中に出てからおよそ100年後。
残念ながら全てが残存しているわけではなく、現在は五島美術館で四場面、
愛知の徳川美術館で十五場面、計十九場面が残っています。
3年前に訪れた時は、絵巻の新しい復元模写が完成して間もない頃だったせいもあり、
「絵」ばっかり注目していた私ですが・・・(;^_^A
今回は何故だか「詞書」に注意が向きました!
と言っても、昔の人の書いた続け字だし、何しろ古いものですから、
紙も墨も変質していて、ヒッジョーに読みにくい代物です(>_<)
「夕霧」の絵巻は、
夕霧が、一条御息所の弱々しく読みにく~い文字の文を読んでいるところを、
後ろから雲居の雁がそっとしのびよって文を奪おうとする場面を描いており、
原文では、その文字を「鳥の跡のやうなれば・・・・・・」と表現しておりますが、
まさにこんな文字だったのかしら???
「御法」の絵巻は、
紫の上の死の前日、病重い紫の上を源氏が見舞いに訪れ、
付き添いの明石中宮とともに、三人で和歌を詠み交わす場面が描かれたものですが、
この絵巻の詞書なんかは特にひどい!(x_x;)
最後の一紙など、行間のスペースがほとんどなくて、まるで文字が重なって
いるかのよう。もしかすると墨が滲んだのかしら?それとも二重書き?という感じで
ひどくひどく読みにくい(>_<)(>_<)(>_<)
幸いにもきれいにプリントアウトされたものが一緒に展示されていたので、
両者を比較することができました。
しかし~実際に読んでみると
プリントアウトの方も、けっこう読みにくいんです・・・・・
ひらがなばっかりだし、
それに、改行がきりのよい箇所でされていないので、何となく読みずらい(>_<)
昔の人は読み手に読みやすいように書くという配慮はしないのだろうか?
それとも現代が親切すぎるのかしら?
そんなふうに思いながら帰宅後に、以前購入した「よみがえる源氏物語絵巻」を
ぱらぱらとめくって読んでみたところ、私の認識を覆す解説が載っており、驚きました(ノ゚ο゚)ノ(ノ゚ο゚)ノ
「国宝源氏物語絵巻の詞書と書き入れ文字」というタイトルで、
名児那明氏が書いておられる解説なのですが、
以下、引用します。
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「御法」の絵の直前の一紙では、光源氏が最愛の妻紫の上を失う心の乱れと同調
するかのように文字の絡み合わせを激しく読みにくくして読者の心をも乱すのである。
文章の内容を視覚的に訴える演出もしているのであろう。(中略)
単に書写するだけではなく、書が視覚的に絵画に負けない表現ができることを証明している。
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つまり、わざと読みにくくしていたということ?!Σ(・ω・ノ)ノ!
そう言えば、日本には「書道」という立派な伝統芸術があるではないか!
文字そのものが芸術なのです!
だから読みやすい読みにくいは関係なし。
ましてや改行がどうの行間がどうのなんて・・・・・・・・・無粋です・・・・・・
なるほどね~
普段パソコン入力ばかりしているので、こういう発想はなかなか思いつかないですね~
そうして見ると、「詞書」もなかなか情緒があって素敵ですね。
何だか心のゆとりを取り戻したみたい(^-^)/
最後に、美術館庭園に咲いていた美しい藤の写真をご紹介します。
3年前に訪れた時にもこの藤を写真に収めて、このブログでご紹介しました。
http://ameblo.mom/doublemoon2416/entry-10032432314.html
色っぽい花ですよね~大好きです!
来年も来ようっと!
また違った見方ができるかも。
楽しみです(^-^)/(^-^)/
