結木家は没落して、彼はカルバナの神がかり的な行動によって全財産をなくします。家も、土地も、お金も全てなくします。この過程でのカルバナの行動については、ホラー小説っぽい雰囲気もあり多少リアリティに欠ける部分があり、???なのですが、そんなことは問題じゃありません。彼女のホラーっぽい行動は、この物語の最大のテーマ「再生」をはかるための手段にすぎないのですから。無からの再生。結木は、この無の状態を決して不快な状態ではなかった、と作中で語っています。そして、結木とカルバナは、カルバナを神と崇めて崇拝する仲間とともに、山に拠点を移し、森林の木を伐採して新しい家を作るところから再スタートします。自分たちで食料を作り、それをビジネスとして売り、販路を広げていく。そんな彼らの「再生」が機動にのったころ、カルバナの神がかり的な行動も少なくなり、ついに彼女は役目を終えたというように突然失踪してしまう。
「ゴサインタン」では、単に田舎の名家一軒の「再生」を描いていますが、先に紹介した「弥勒」では、1都市を無の状態にして再生をはかる、という設定になっています。ただ、この都市の再生は成功するには至らず、その過程で様々な問題が持ち上がります。結局最後にどうなったかまでは描かれることなく終わっています。作者としては、「再生」を描くことによって、現在の物にあふれた生活、生まれた時から物に囲まれて何も生み出す必要のない生活、恵まれた物質社会に疑問を投げかけ、問題提起をしたい、という意図があると思います。もちろん、この物質社会をまったく否定しているわけではないと思いますが。