ブログネタ:受験の思い出 参加中

私が受験生だったのは昭和63年度(1988年度)でした。
所謂「昭和天皇ご病気」で自粛ムードが全国的に広まっていた・・・そんな時代でした。
受験をしたのは翌年でしたが、色んな想い出有り過ぎ・・・
(書きたい事は沢山あり過ぎるのでここではその多くを省略させて頂きます)

まず受けたのが「共通一次試験」。
私達は共通一次試験最後の世代です。
翌年平成二年度からは「センター試験」が導入されました。

私が共通一時を受けたのは地元の滋賀大学教育学部の校舎。
試験当日には皆でワイワイ言いながら、休憩時間を過ごしたのが良い想い出でした。
結果は惨敗。
地理が80点で後は70点台かそれ以下・・・
実は地理が80点も取れたのは奇跡的なのです。
前年の昭和63年度末までは授業で選択していた「倫理・政治経済」で一次試験を受けるはずでしたが、
あまりにも模擬試験での得点が低いので、私は何と高校に入ってから一度も授業を受けていない「地理」を独学で勉強する事にしたのです。
それも「毎日2~3時間、たった二ヶ月」です。
それで本番で80点を取れたのは超奇跡的なことです。

私立大学最初は東海大学理学部(数学科志望)。
試験会場は平塚市内の校舎。
2月3日(金曜日)でした。
試験中は散々でした。
午後の化学の試験の最中に気分が悪くなり、会場を途中退室。
しかし、教室を出た途端、激しい嘔吐を4~5度繰り返し、失神して床に倒れました。
その後、試験会場である校舎の5階まで救急車が直接上がってきてくれて、そのまま医務センターの様な場所まで運ばれました。
そこで漸く気が付きました。
自分が今どういう状態であるのか?と。
その間女性看護師さんやボランティアの学生さんに介抱されたり、話しかけられたりしてもらいました。
それで漸く落ち着きを取り戻す事が出来ました。
暫くベットに横になっていたら、大学の試験官の方が「とにかく面接だけでも受けに来ませんか?」と私におっしゃったのですが、真っ直ぐ歩くのもままなら無い状態なので、無念ながらお断りしました。
帰りに女性看護師さんの運転される車で小田急電鉄鶴巻温泉駅まで送ってもらいました。
で、もう一人の女性看護師さんに本厚木(その方は厚木市内から平塚の東海大学まで通勤されていたのです)まで付き添って下さいました。
私が電車内でうな垂れている間に、周りの乗客に私の事を説明して下さったようで、周りの方からは「大丈夫ですか?」と言われ、隣の座っていた女子高生からは「良かったら私の肩にもたれ掛かっても良いですよ」とまで言われました。
私はその女子高生にもたれ掛かりながら、「何とか東京のホテルまで辿り着かないと・・・」とそんな事ばかり考えていました。
その後も色んな肩が声をかけて下さいました。
そして代々木上原駅で降りて、地下鉄に乗り換えるはずが折り損ねて終点の新宿駅に到着(´・ω・`)
やむなく新宿で改札を出て、中央線で飯田橋駅まで向かい、地下鉄に乗り換えて無事目的駅の九段下駅に着きました。
そこから歩いてスグのホテルグランドパレスが泊まる予定の宿だったのですが、そこのフロントに着くまでの記憶がないんですね。
九段下駅の改札からどうやってホテルのフロントまで歩いてきたんだか・・・
それにホテルの目の前にローソンがある(翌朝気付きました)のに気が付かない・・・
余程気分が悪かったのかなぁ・・・なんて思っていました。
TVつけたら男闘呼組が出ていたのですが、そのほかにどんな歌手・グループが出ていたのか全く分かりません。
気が付いたら、荷物をそこらじゅうに広げたまま寝ていました(苦笑)。
で翌朝(2月4日:土曜日)起きて体調が変なので予定を切り上げて翌日(2月5日:日曜日)で一旦地元へ帰ることにし、父親に自宅のある滋賀県からホテルのある東京・九段下まで迎えに来てくれる様に頼みました。

その後何とか帰宅できました。

で、それから数日後にまた上京。
試験を受けましたが、やはり体調不良を引きずったままだったので全く持てる力が出せず・・・

国立・公立大学は鳥取大学工学部と北海道教育大学教育学部旭川分校、釧路公立大学経済学部と三つ受けましたが見事撃沈!
共通一時の結果が悪すぎた事と、体調不良で2次試験対策が満足に出来なかった事が敗因でした。

四月には宮崎大学教育学部の二次試験を受けましたが、これも撃沈!
宮崎大学の合否発表の翌朝(平成元年4月20日)、祖母が亡くなりました。
病気療養中でしたが、常に私の事を気遣ってくれていました。
その前年(昭和63年11月10日)には同じく闘病中だった祖父がなくなりました。
私は御爺ちゃん子・御婆ちゃん子で可愛がられてきたので非常にショックでした。
その後、受験時の無理がたたった上に、相次ぐ不幸、浪人時の無理な勉強がたたり、パニック障害・広場恐怖等で2年半も苦しみました。

そんな私も二度の大学中退(中央大学法学部通信教育課程、慶應義塾大学文学部通信教育課程)を経て、今では東洋大学文学部日本文化文学科通信教育課程で勉強中!
「現役時代にもっと真面目に勉強しておけば今頃・・・」と後悔する事もありますが、逆にあの時の失敗やその後の苦労があったからこそ、今の自分があるんだとも思えるようになりました。

受験生の皆さん、またご親族の方、お知り合いの方・・・
「夢は叶うものではなく叶えるためにある」のです。
残り少ない時間死ぬ気で頑張って下さい!