我が家の孫は、今朝も元気にウキウキと保育園へ行きました。
お友達との生活も楽しいとわかっているからこそ、ルンルンで出かけていくのだろうと思います。
そんな孫が誕生し里帰りを終えて帰宅する前に、義母と夫の妹弟たちが我が家に来ました。
この時も、予定どおりの義母暴走がありました。
ひ孫の顔を見て「難産で大変だったわね」と・・・。
夫も私も、娘本人すら、難産だったとは言っていません。
娘が自分で、無事に産まれたことを報告した後から、難産で大変な思いをしたでしょうという返しだったとのこと。
その時も、難産ではなかったよと返したようですが、そんな返しなどは頭に残らず、自分の描いている孫の出産の想像だけが、いつしか事実としての認識になっており修正もききません。
我が家に来た時の開口一番が、
これだったので、私は速攻
「全然、難産じゃないよ」
と否定しましたが、自分が思い込んでいる情報が、家族の判断よりも正しいと思い込んでいますから、何度伝えても耳に届きませんでした。
それを察した義妹が、
「お母さん、ちゃんと聞いてよ
難産じゃないっ
て
何、勝手に人の出産を難産って決めつけ
てんの?
」
そこで、やっとハッとしたクソ義母。
「誰一人、難産だったなんて言っていないのに、
何処情報ですかね?
」
「あっ・・・。思いこんじゃった・・・。」
頭の中は、どういうストーリーが駆け巡っているのでしょうかね。
難産っていう設定って、意味があるのか??
そもそも、
こういう人なので、話題の中心が自分でないと気が済まない子どもBBAです。
なので、自分以外の人が評価されることには強く反応する傾向があって、基本的に否定で受け止めるということが常態化しているからだと思います。
なので、自分が発した言葉でショックを受ける人がいるなんて、思いもよらないのでしょうね。
義妹が止めに入らなければ、この後、自分の経験談をひけらかして、自分はこんなに凄いんだと、BBA劇場で締めくくる予定だったはずなのです。
義妹は、遅い反抗期を迎えた後、実の母との関係に頭を痛めていました。何より、自分(義母)を大事に扱うように、実の娘が、その素振りを見ないと呪いの言葉をかけるようになりました。
私は、呪うしか手段のない人の言い分を、全力で聞く必要がないことを伝え、義妹の夫も、そうしようとできることと、できないことの整理をするようになりました。
義妹はメンタルのバランスを崩したことで、この原因と向き合いたいと思うようになり、病院にて原因究明をしました。
誰かのアドバイスではなく、自分の意思で行動できたことも、かなり大きな収穫だったと思っています。
義母の過干渉と毒ぶりによって、長年支配されてきた義妹は、現状の状態についての深い部分に、幼少期からの経験が深い原因になっていることがわかりました。
この続きは、後日・・・。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
