思い出の文化祭は? ブログネタ:思い出の文化祭は? 参加中
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文化の日から一週間ほど後ではありましたが


源氏物語千年紀 ということで


古典文学に親しむ会でも文化祭を企画しました。






実行委員さん達がすっごく頑張ってくださって


源氏・・・にちなんだ謡や舞 琴の演奏や朗読


熱心な会員さんが集められた資料 文献 絵画や書の展示


招待した教授の講演会など


想像を超えた 大がかりな文化祭となり


非常に見ごたえのあるものになりました。


まだまだお若い 私や友人は せめてものお手伝いで


会場の準備や受付、お弁当受け取りなどに動き回っておりました。 




千年の時を越えてもなお 読む人の心をとらえて離さない作品を書き上げた


紫式部 という女性は 仕事も子育てもしていた 中流家庭の主婦だったそうです。


学者の家に生まれ 兄より先に漢文をスラスラ暗唱し


「この娘が 男であったなら・・・」と 父親が残念がったという話は有名です。


当時は「女は 感動しても 思うところがあったとしても 口に出すことができない」ため


聡明ゆえ 自分や周囲のことを つぶさに見つめる力もとび抜けていたであろう紫式部は 


自分の思いを小説というフィクションに託して書き綴らずにはいられなかったのかもしれません。


彼女の洞察力 想像力が 千年後の人々の心までひきつけるのは


ぶっちゃけて言えば 千年くらいじゃ 心は進化しないってことでしょうかねぇべーっだ!






光源氏は 「ありえな~いプンプンって叫びたくなるような身勝手男だと


腹立たしく思ってしまう私ですが


そのまわりの女性たちは なんて個性的で魅力的なことか。


原文にもさらりとしか書かれていないそうですし まだ読解力のない若輩者には


外国語としか思えないレベルなので 読み取る力はついておりませんが


さりげない一言に 暗く密かにうごめく愛憎がたたえられているのだと確信できます。 





古典文学をほんの少しかじりはじめた程度で恐縮ですが


原文にふれることで 自分自身の想像力(妄想力?)を駆使して


言葉の裏にひそやかに息づいている作者の思いを


ひとつでも 見つけ出せたらいいなぁ合格