おはようございます。
コロナ禍になって、休業を余儀なくされた方々、舞台や公演やコンサート、ライブがすべて中止になった方、たくさんおられると思います。
私のパートナーも、コロナのおかげで4月5月はかなり仕事がキャンセルになりまた、新しい仕事もなかなか入ってこず、ひたすら在宅で、今できる作業を、ということでいろいろチャレンジしたり、コツコツ自分との向き合いに取り組む毎日でした。
とにかく毎日前を向こうと自己管理を頑張っているという感じ。
例年ならこの時期は、いろんなところを飛び回るように仕事に行っていたと思いますので、そうでなくなった今年はどういう思いでいるのかなあとは思っていました。
そして昨日、パートナーに1本の電話がありました。取引先からの電話でした。
お久しぶりの仕事の依頼がやってきました。
そして電話が終わってから、わかりやすくパートナーが急に元気になったんですね。赤ちゃんがご機嫌になるような感じというか。
それを指摘すると、「あ、確かに・・・」
本人いわく、
「あなたに指摘されるまで意識できなかったけど、とにかく心が弾むというか、なんか活力が出て来たわ♪」
と言いました。
想像するに、やはり、ほとんどどこからも仕事の依頼がなくそれこそ実質的に休業状態だった彼女。
やはり心のどこかで、「もう忘れられているのではないか?私のことなんて・・・」
という思いはあったと思います。
考えないようにはしていたと思いますが、やっぱり、必要とされる機会がなくなってしまうと、こういう不安な気持ちというのは絶対に湧いていないはずがない。
たとえばミュージシャンの人や舞台をやっている人はまさしくこんな感じなんだろうなと思います。
自分のパフォーマンスできる場がなくなってしまい、自分の仕事ができなくなってしまった。
そういう人たちは、誰かの前でパフォーマンスをしてなんぼ、の人たちなので、そういう場がなくなると、自分の居場所がなくなったにも等しいじゃないですか。
なので、みんなに忘れられてしまうんじゃないか?という恐怖と不安は私たちの想像以上なんじゃないかと思うんですね。
そんな中でもこの状態でできることを模索し、曲を作ったり、オンラインでパフォーマンスを公開したり、いろいろ取り組んでいるミュージシャンや芸能人の人がいますが、
そういう人たちってほんとにすごいと思います。
そういう恐怖や不安に負けることなく、前を向いて何かを生み出そうとしたり、何かを伝えようとするって本当に強い思いというかそういうものが必要なんじゃないかと思うから。
大変な中でも、自分は人の役に立てる、という思いを表現しようとすることはすごいエネルギーのいることだと思いますが、
でもそうやって行動しようとすることは大切なことだと思うのです。
私は両親にも、出来る限り、体が続く限りは働き続けて欲しいと思っているのですが、それはなぜかというと、「人に必要とされる」「誰かの役に立つ」ということを感じられるということが、人間にとって、生きる上での大きなモチベーションになると思うからです。
逆を言えば、そういうものがなくなってしまうことで、生きる意味を見失ってしまう人も少なくないんじゃないかと思うんです。
アドラー心理学をわかりやすく書いたベストセラー「嫌われる勇気」にもこう書いてあります。
「仕事は何のためにするのか?」という問いの答え、それは「他者貢献」。
つまり、「幸せ」とは人の役に立ったと感じること、すなわち「貢献感」から生まれるものだからなのです。
自分のしている仕事が誰かの役に立ったと思える時、頑張ろうという意欲が湧きますし、幸せを覚えるようになるからですよね。
今回のコロナ禍で、「自分の仕事」ができなくなって絶望を感じた人も多いと思いますが、それと同時に、少しずつ仕事をできるようになって、仕事をする喜び、誰かの役に立てる喜びというものをかみしめる人も多いんじゃないでしょうか。
それまではあまり意識できていなかったかもしれないことだと思いますが。
そういう意味で、コロナは、本当の幸せとは何か?ということを私たちが再確認できる機会を与えてくれたとも言えますね。
本日もお読みいただきありがとうございました。

