エフ・クラージュ イメージコンサルタント川崎由美子です。
自分自身でも経験がありますが、「私なんて」という言葉。
実は何かしらの「劣等感」がない人っていないんじゃないかなと私は思います。
どんな偉人でも、成功しているように見える人でも、実は何かしらの劣等感を抱えて生きている。
でも実は、劣等感って悪いものじゃないんですよね。
「嫌われる勇気」で有名なアドラー心理学では、
「劣等感自体は悪くない。自分の成長の促進剤となるから。」
というふうに書かれています。
劣等感というのは文字通り、「自分が人より劣っていると感じること」であり、それによって、じゃあもっと頑張ろう、と思えれば前向きな行動につながるので、これは正常な劣等感と言えるのですが・・・
そうでなく、そういう劣等感を言い訳にして、やる前から諦めるということもよくあります。
それが自分では無意識だったりします。
なので、本当はやりたいのに劣等感を言い訳にして諦めていることが、実は隠れてあったりするかもしれませんよね。
アドラー心理学では、「自らの劣等感をある種の言い訳に使いはじめた状態のこと」を劣等コンプレックスと呼んでいます。
「どうせ私なんて○○だから××は無理」
「どうせ私なんて○○だから××なんてできっこない」
劣等コンプレックスから出てくる言葉はこういう言葉です。
劣等感として持っていることが原因で、何かができない、諦めざるを得ないと思ってしまうことが劣等コンプレックス。
私が以前長らく持っていた劣等コンプレックスは、自分がセクシャルマイノリティであることからくるものでしたね。
「自分が幸せになれないのもやっぱり私はセクシャルマイノリティだから。」
「私がずっと苦しいのも私がセクシャルマイノリティだから。」
自分の”不幸”、苦しさのすべてをそのせいにしていましたね。
そして長いこと、自分がそれを言い訳にしているということに気づけなかったのです。
でもある時、実はそのことが問題なのではなく、自分の思い込みに問題があるのでは?と気づいたのです。
「私、セクシャルマイノリティであることを言い訳にしてない?」と。
実はパートナーも、劣等感を持っているようです。
それは学歴コンプレックス。
本人もそのことは自分でもよくわかっていて、
「どうせ私は大学を出ていないから・・・」
ということをよく口にしていました。
でも最近ふと、
「実は私・・・これを何かの言い訳にしてるのかな・・・」
と言い始めるようになりました。
何か本当はしたいことがあるのに、学歴を言い訳にして諦めてたりするんじゃないだろうか?と。
外見磨きの場でも、コンプレックスを持っていない方はいないと言えるくらい、多くの人が自分の容姿、体形などにコンプレックスを持っています。
あと多いのが、年齢。
「どうせ私なんてこんな年なのできれいになるのは無理」
というのもよく聞く言葉です。
自分の劣等感を言い訳にして何かを諦めているとしたら・・・
それはすごくもったいないことですよね。
自分で自分の可能性をつぶしてしまっていることになります。
劣等感自体を持つことは悪いことではない。
そこから、その「劣っている」と思っている部分を補おうと前向きになれれば。
そうすることで、チャレンジしたり変わって行けたりしますから。
変わって行ける人や、チャレンジしている人というのは、劣等感を言い訳にしていないはずです。
自分の可能性をつぶしているかもしれない劣等コンプレックスに気づくためには、
自分の口ぐせや思考に、
「どうせ私なんて○○だから」
というのがよく出てくるようだったら、それを言い訳にしていないか向き合ってみる必要があると思います。
本日もお読みいただきありがとうございました。
エフ・クラージュ
川崎 由美子

