エフ・クラージュ イメージコンサルタント川崎由美子です。
年々、その”傷”の痛みは減っていると思いますが、やっぱり完全には消去できない”傷”というものがあります。
9年前に、いろんなストレス性の病気でシステム開発の仕事休業まで追い込まれたことはいろんな意味で私のターニングポイントでもあり、”傷”として残っているものでもあります。
当時の私は、その時のプロジェクトリーダーに”いじめ”のような態度を取られたということで非常にストレスを感じてかなり追い込まれていました。
そこまで追い込まれた原因をよく考えるのですが、今思うと、謙虚を通り越してへり下りすぎた私の姿勢というのも原因の一つではないかと今は思うんですね。
以前の私は、自分に対してのセルフイメージが低かったので、いつも謙虚というより不必要にへりくだってしまう癖がありました。
一般的に日本人というのは、相手を立てる習慣があるという国民性もあります。
日本語自体にも、謙譲語、なんていう言葉遣いもあるくらいです。
要は、相手を立てて、自分を低く見せる傾向にあるということです。
そういうことが美徳とされているのが、日本語における謙譲語、という言葉遣いにも表れているのですよね。
ですが、今の私は、必要以上に自分を低く見せる、という必要はない、と思うようになりました。
もちろん、謙虚であることは大切なことかもしれませんが、自分を低める必要はないのです。
相手によっては、その相手自身の自己概念が低かったり、その人にとって物事がうまくいっていない、というようにその人にとっての状況がよくない場合もあると思います。
そういう人の場合、必要以上に自分を低める相手を目の前にすると、ある種の”攻撃”をしてきたり、相手をさらに低めようとする言動を取ってくるのです。
あの時の私も、そういう人からの攻撃を受けた、そんな感じだったなと。
そのリーダーを取り巻く当時の状況、またその人自身の器を考えても、私が必要以上にへりくだってしまったことで、さらに自分を何とかして高めるために、私を低くするために私への”攻撃”に繋がってしまったのかなと今は思うので。
よくよく考えてみると、他にもそういう経験は大なり小なり、してきた気がします。
やはり、私自身があまりにもへりくだりすぎたために相手の言動に影響を与え、結果自分が不快な思いをしてしまう、という経験ですね。
外見磨きや自分を大切にすることを通してやっと自分の価値というものを正しく評価できるようになってきてから思ったこと。
それは、これからは必要以上にへりくだる言動は取らないようにしたい、ということです。
以前は自分に自信がなかったため無意識にそういう言動を取っていたと思いますが、今はもっと自分の存在に自信をもっていんじゃないの?と思えるようになったので、
無意識にへりくだる、ということはなくなりました。
相手を立てるという謙虚な心は持っていいと思いますが、それが、自分をへりくだらせたその上に成り立つ謙虚、というのは、真の謙虚ではないと私は思うようになったからです。
本日もお読みいただきありがとうございました。
エフ・クラージュ
川崎 由美子

