エフ・クラージュ イメージコンサルタント川崎由美子です。
野球がシーズンオフになっても、時たま聞こえてくる大谷翔平選手の話題。
来季は二刀流復活かなあと私も楽しみにしているところです。
しかし今は彼の二刀流も随分”普通”のことになりましたし、むしろ同じように二刀流を目指す人も出てきたりするようになりましたが、
私は当初、ピッチャーとバッターの二刀流なんか絶対って無理やろって思っていました。
投手と打者って高校野球ならわかるけど、プロでそれは無理なんちゃうんと。
しかし私のような多くの日本人、そしてアメリカ人の想像を超えて、本当に大活躍でしたよね。
そして大谷選手を初めとする最近のアスリートを見ていると、自分を貫いているのに、全然尖がっていない、と思います。
私達(アラフィフ)の若い頃って、何か人と違うこと、誰もやったことがないことをやろうと思うと正直、尖がらないとやっていけない時代だったと思うんです。
例えば日本人としていちばん最初にメジャーリーグに行った先駆けとして野茂選手がいますが、
彼がメジャーに行くと言った時、どれだけバッシングされたことか。
当時所属していた近鉄バッファローズに至っては、野茂選手を裏切り者扱いしました。
当時野茂ブームだったにも関わらず、近鉄百貨店は一切野茂選手のグッズを扱わないという、非大人的な行動を取りました。
今思えば近鉄の取った行動は大人げない行動ですが、当時はそんなに批判の声も上がりませんでした。
やはり、時代的に、社会が近鉄バッファローズや近鉄百貨店と同じ価値観だったからですよね。
それでも野茂選手は、ある意味”尖がりながら”自分を貫き、パイオニアとしての役割を果たしました。
大谷選手もあの時代に二刀流を貫こうとしていたら、どうなっていたでしょうか。
貫くことは難しかった可能性はありますね。
でも、時代は変わりました。
自分であること、自分の願望を貫くことに障害がなくなってきました。
なので、誰でも「自分らしく」あろうと思えばできる世の中になったんです。
しかし、大谷選手と同じくらいの世代の人には理解できないかもしれませんが、
アラフィフ世代の私達にとっては、「自分を貫く」というと、何か尖がるくらいじゃないと無理なんじゃないか?という思い込みがあったりします。
野茂選手であれだけバッシングを受けた時代でしたから。
なので、自分の個性を活かす、自分を貫く、という言葉を聞くと、何か人と違っていないといけないとか、強烈な何かを表現しないといけないとか、目立った何かを表現しないといけないのではないか?というような思いに駆られてしまうのです。
でも、今の時代、「個性的」といっても、頑張って人と違おうとする必要はなく、奇抜で目立つことをする必要もなく、何か人と違うことをしないといけないというわけでもない。
ただ、もともと持っている自分の素質を活かし、そして、自分の願望にただ忠実であればいい。
それが実は何より自分らしくある、自分を貫く、ということなのだと、大谷選手を見ていて思いました。
その結果ひょっとしたら、人から目立ってしまう結果になるかもしれないし、逆に、別に目立つこともなく多くの人と同じ、ということになるかもしれません。
でも、それはそれでいいんです。
「自分らしくある」ということが、人と違っていなければならない、というわけではないのですから。
本日もお読みいただきありがとうございました。
エフ・クラージュ
川崎 由美子

