全国で行われた「令和の百姓一揆」
「日本の農家はおとなしい」と大半の日本人が思ってきたはずだ。しいたげられようが、生活が苦しかろうが、「農家は政府に従順だ」と国民は思い込んできた。「無抵抗だ」と信じられてきた農民が声を上げた。
2025年3月30日に「令和の百姓一揆」を敢行したのだ。都内港区を中心に北海道札幌市、富山県富山市、岐阜県各務原市、静岡県浜松市、滋賀県湖東市と近江八幡市、京都府京丹後市、奈良県奈良市、山口県山口市、福岡県福岡市と大牟田市、熊本県熊本市、大分県九重市、沖縄県那覇市の全国計15か所でデモが行なわれた。
一揆には、「暴動」と「心をひとつにする」という意味がある。令和の百姓一揆は、後者の意味で命名された。けれど、「一致団結すべきは農民だけではない」と令和の百姓一揆実行委員会の代表であり、山形のコメ農家でもある菅野芳秀氏は力説する。食を必要とする、この国に住むすべての人が、一致団結すべきだと訴えているのだ。
トラクターが青山を走る
港区で行なわれた令和の百姓一揆には、農民だけでなく、食を必要とする市民の計4500人が集結。約30台のトラクターによるデモ行進と、大勢の農民と市民が青山から国道246号を経由し、原宿を経て明治神宮前までデモ行進を行なった。
筆者はデモ隊の最後尾についたので確認できていないが、トラクターのデモ隊が国道246号を走ったのは、有史以来初めてかもしれない。
令和の百姓一揆を発案したのは元農林水産大臣で、弁護士の山田正彦氏だ。 「農家が食べていけない深刻な状況です。農家は政府の言いなりになってきましたが、声を上げるべきだと思い、全国各地の農家に一揆をやろうと1年前に声をかけました」(山田正彦氏)
民主党政権下、農林水産大臣だった山田氏が「農業者戸別所得補償制度」を提案し、導入された。コメなどの農作物の価格が生産コストを下回った場合、その差額分を政府が生産農家に交付する制度だ。農業経営の安定と生産力を確保することで、食料自給率を向上させるのが狙いだった。
ところが、政権に復帰した自民党が次第に減額し、2018年に廃止。その6年後の2024年に令和の米騒動が起こった。 「米騒動があってもなくても百姓一揆をやるべきだと思っていました。結果論ですが、米騒動は農家に追い風になったと断言できます」(山田正彦氏)
いまコメ農家に起きていること
いま、コメ農家に何が起きているのか。令和の百姓一揆実行委員会の菅野代表に話を聞いた。 「昭和22年の農地解放以来続いてきた日本の農業が崩壊しつつあります。いまや風前の灯火。命を支える食がなくなりつつあります」(菅野芳秀氏)
米価が上がり、さぞやコメ農家は左団扇だと思っている人がいるかもしれない。けれど、勘違いもはなはだしいと菅野氏は反論する。コメ農家はコメを農協に納める際、概算金と呼ばれる前払いを受け取る。2024年9月頃から米価の高騰が続いているが、コメ農家のふところには、概算金こそ入ってくるが、実際の販売価格の差額は一銭も受け取っていない。
農林水産省によれば、2021年と2022年のコメ農家の平均年収は「1万円」。平均労働時間は1千時間。時給に換算すると「10円」。2024年11月は時給「97円」だ。 「8時間働いても800円にもならず、離農するコメ農家が増えています。残っているコメ農家も、ほぼ絶滅危惧種。絶望感をいただきながら農家を続けている人が大半です」(菅野芳秀氏)
物価の高騰から取り残されたコメの概算金
菅野氏によれば、1974年のコメ1俵(60キロ)は13,615円だった。同年の新聞代(一般紙)はひと月1,700円。2025年の新聞代(一般紙)は4,800〜4,900円。新聞代は1974年よりも約2.9倍値上がりしている。値上がり率を1俵の米価に換算すると39,484円。
ところが、2024年の概算金(1俵60キロの米価)は16,000円程度。 物価が高騰しているのに、コメ農家の収穫物であるコメは取り残されている。「農林水産省はコメ農家の時給が10円であることを知りながら現行の政策を続けている」と菅野氏は訴える。 「その裏を読むなら趣味でコメを作れということ。それが嫌ならコメ農家をやめろということなのでしょう」(菅野芳秀氏)
近い将来にやってくる危機
政府は小さな田んぼを放棄させ、大規模農業に集約させようという思惑がある。実際少しずつ大規模農業が増えているが、自作農に取って代われる存在にはなっていないと菅野氏は説く。
「日本の約7割が山間部。平地ではない田んぼでの大規模展開は難しいし、日本人の胃袋を満たすことはできません」(菅野芳秀氏)
1970年にはコメ農家は466万戸だったが、2020年には71万戸に減少している。離農し、転職したとしても農家は飢える心配はない。なぜなら田畑でコメや野菜を自給できるからだ。 「農家でない人はどうするのか。それを考えてほしい」(菅野芳秀氏)
令和の米騒動はある意味、いい機会だったと菅野氏は強調する。 「2025年の夏、再び米不足にみまわれる可能性があります。2年続けて米騒動が起こり、それでも議論されないのであれば、手の打ちようがありません」(菅野芳秀氏)
令和の百姓一揆を目撃した人、あるいは報道やSNSで知った人が、「農家が勝手なことをやっているとしか思えないようではあまりにも鈍感すぎる」と菅野氏は呆れる。 近い将来コメ農家がいなくなるし、村もなくなる。それでいいのか。この話を全国民が議論すべきではないか。
酪農家も困窮している
疲弊しているのはコメ農家に限った話ではない。令和の百姓一揆実行委員のひとりで、千葉市で酪農を営む金谷雅史氏に話を聞いた。
「農協へ生乳出荷している酪農家が1万戸をわってしまいました。しぼった牛乳を自分で販売する酪農家もわずかながらいますが、それを加えても酪農家の数は全国で1万1,000戸を切っているはずです」(金谷雅史氏)
なぜ酪農家が困窮しているのか。金谷氏が営む金谷牧場の帳簿を見てみよう。ホルスタインを35頭飼育する金谷牧場では、毎日500キロの牛乳を農協に出荷。毎月200万円の搾乳代を得ているが、餌代が毎月100〜120万円かかる。
加えて農業組合の手数料、光熱費の他、アルバイトの人件費を差し引くと、手元に残るのは20万円程度。
搾乳に休日はない。しかも餌のトウモロコシと牧草を栽培しているため、早朝から夜遅くまで農作業に従事している。 「35頭は1人でなんとか飼える頭数ですが、餌を栽培していてもなかなか儲けが出ません。
生活するだけで精一杯。かといって餌作りをやめると赤字です」(金谷雅史氏) 収入の半分が餌代に消えるのはなぜか。コロナの頃から中国で酪農が盛んになり、世界中から飼料用のトウモロコシを爆買いした結果、世界的に飼料代が高騰。
2022年に起こったロシアのウクライナ侵攻が追い打ちをかけ、世界中で穀物の需給が混乱し、飼料代がさらに爆上がりしたからだ。 「生産コスト高の影響で2022年以降、廃業する酪農家が跡を絶ちません」(金谷雅史氏)
「令和の牛乳騒動」が起こる可能性も……
2025年の夏、さらなる危機に直面しそうな予兆がある。「令和の牛乳騒動」だ。 「飼料代の高騰で酪農家の大半が、2022年と2023年に生まれた子牛を肉牛として出荷しました」(金谷雅史氏)
乳牛は生後2歳か2歳半から搾乳ができる。2022年生まれの乳牛は2025年頃から、2023年生まれは2026年頃から搾乳がはじまるはずだが、2年続けて搾乳牛が増えていない。
では、なぜ夏に牛乳騒動が起こりうるのか。コメの消費量は年間を通じてほぼ一定だが、牛乳は夏に多く飲まれ、冬に減る。コメは長期貯蔵ができるが、生乳にはそれができない。人間の勝手な都合で、搾乳量を調整できないのだ。
つまり、歯止めが効かない酪農家の減少と、牛乳特有の消費量の波もあり、2025年と2026年夏に令和の牛乳騒動が起こるかもしれないというのだ。
「搾乳量が減ったとしても学校給食用の牛乳は、優先して供給するはずです」(金谷雅史氏) 学校給食がない8月は牛乳不足の心配はまずないようだが、2025年と2026年の7月と9月に牛乳不足が起こる可能性を否定できない。
金谷氏によれば、大手乳牛メーカーへの供給も安定して行なわれるはずだ。けれど、ナショナルブランドではない、地域の乳業メーカーへの供給が真っ先に滞る可能性が高い。ただし、もしスーパーから大手乳業メーカーの製品が消えたら危険水域に入ったと見ていいだろう。
前代未聞の百姓一揆
いずれにせよ、2025年夏、コメと牛乳の「W騒動」にみまわれるかもしれない。 冒頭で「日本の農家はおとなしい」と述べたが、金谷氏によれば、酪農家は過去に何度もデモ活動をしてきた。
「2022年11月、農林水産省前で『酪農ヤバいです』を掲げたデモをしました。2012年にもTPPに反対する酪農家を中心に銀座や有楽町界隈でデモをしています」
2008年5月にも酪農一揆を掲げたデモ活動を都内で行なった。 「規模も小さかったし、拡散されませんでした」(金谷雅史氏)
しかし、今回の令和の百姓一揆は規模が違った。SNSの影響も大きく、前代未聞の百姓一揆だったと肌で感じた。 農業と食の危機を杞憂する全国の市民や農協や超党派の国会議員が、酪農家やコメ農家、野菜農家、果物農家と一緒に令和の百姓一揆に参加。トラクターのデモ行進に続いた。
「4,000〜6,000億円の農業予算を組むことができれば、農家の収入が2〜3倍に増え、就農する若者も増えます。農家が戸別所得補償を受けることができれば、安心して農業を続けることができる。結果、国民は農作物を安く購入できます。農家に戸別所得補償をするためには、国民の理解が不可欠です」(山田正彦氏)
目指すのは「農家と消費者と政府の大連携」
一揆と名付けたが、「政府と対立するつもりはまったくない」と菅野氏は力説する。農家と消費者と政府の大連携をめざす。それが令和の百姓一揆を敢行した動機だ。
「このままでは食べていけなくなります。食べていけなくなるのは、『百姓』ではない。日本国民です。食の危機は命の危機。百姓も考えるから、いっしょに考えましょう」(菅野芳秀氏)
知人の料理人やパン職人がデモ行進を沿道で見守っていた。料理人もパン職人も農家がいなければ、食材がなければ、料理もパンも作れない。料理人もパン職人も、農業と食の危機に気づき、大連携に参加してほしいと切実に思っている。
中島 茂信(フードライター)
関連記事











