精神科の医療は闇でしかない現実を紹介する!精神科に通う600万人の悲鳴! | 心と体を健康にするダイエット法

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いつもありがとうございます。
ハッピーダイエットライフの船田です。
 
精神科の闇を週刊現代が紹介しているのでシェアしました。
 
日本では少し心の調子が悪いと、わりと手軽に精神科とか心療内科に行く傾向があります。
 
これは、地獄への道ですよ。
 
日本の健康診断が健康な人を病人に認定する闇を抱えるのと同じように、精神科も少し心が弱っている方に薬を処方して薬中毒の廃人を作り出す医療マフィアの闇です。
 
そして、精神科の闇に紛れて、霊的な問題も起きています。この世界は人間が見える世界だけではありません。
 
あの世で天国に行けなかった魂は、この世界にとどまっていろいろ問題を起こすのです。いわゆる精神病のような症状が出ている方は「霊障」であることが多いです。
 
現代の科学と医学ではあの世がないことになっているので、現象が説明できずに「精神病」にされています。
 
しかし、本当は地縛霊による霊障であり憑依なのです。
 
精神科の薬というのは、治療が目的ではなく「暴れないようにする」ことが目的です。思考能力を奪うので、普通の社会的な生活ができなくなります。
 
医療マフィアといっても、私は整形外科や救急医療は必要だと思うし、内科でも薬の処方に注意すれば、活用できる技術は多いと思っています。
 
しかし、精神科に関しては、全く存在価値がないと思っています。西洋医学は検査と診断は優秀ですが、精神科は検査も診断も間違っているからです。
 
精神科の薬を飲んだら、人間としての生活が難しくなるとお考えくださいね。
 

記事下に船田の関連記事もあります。

https://news.yahoo.co.jp/articles/4bf9a77906a3b29a9e72048b3931f57f100e2f02

一方、イタリアでは今から25年ほど前に根こそぎ葬られてしまった事実は、ほとんど知られていない。(※以前は精神病院という名称が一般的だったが、2006年に行政上使用される用語として、「精神科病院」と改正されたため、表記は精神科病院に統一する。

 

ただし大熊氏自身は、この呼び名の改革は精神科の醜い実態を隠す行為と考え、あえて精神病院という呼称を使い続けている)

「精神の闇を暴く改革」は1961年に始まった

iStock

 

日本において精神科病院という存在は、「精神病患者が隔離・収容されている場所」というイメージを思い浮かべる人が多いかもしれない。 

 

なぜイタリアでは、精神科病院を全廃することになったのか。著書に『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』(岩波書店)などがあり、イタリア精神医療に詳しいジャーナリストの大熊一夫氏が解説する。

 

 「イタリアの精神保健改革の歴史は、精神科医フランコ・バザーリア(1924~1980)というカリスマ的存在を抜きに語ることはできません。

 

しかし、パードヴァ大学の精神医学教室で教鞭を執っていた彼は、1961年に37歳でゴリツィア県立マニコミオ(イタリア語で精神病院のこと)の院長に就任するまで、実は精神病院の実態について、まったく知りませんでした。 

 

というのも、精神医学の研究者は精神疾患の患者のことよりも精神疾患そのものに関心を寄せている傾向が強いためです。

 

この傾向は今でも世界中で見られます。 日本は今もそうなのですが、60年代ごろのイタリアの精神病院は、患者をベッドに縛り付けるのは当たり前で、監獄のような劣悪な環境でした。

 

バザーリアは、非人道的な扱いを受けている患者たちを目の当たりにして、精神病院をぶち壊すために就任します」(以下の「」は大熊氏)

 

「精神病棟は治療の場にならない」

大熊氏によると、バザーリアの考えは以下のように要約できる。 人間を鉄格子の部屋に押し込めることを正当化する精神状態など、本来ない。

 

精神病者による暴力は、院内での抑圧で引き起こされた結果であり、人間としての反応なのである。 

 

つまり、それは精神病院が引き起こしているものであり、精神病院を廃止して人間的存在たりうる温かい状況で対話できれば、精神病者の暴力はなくなるのだ。 

 

改革の手始めに、ガザーリアは自分の考えに賛同してくれる精神科医や精神科の看護師、臨床心理士などの同志を集めた。

 

その後、精神病院の病床数を減らして、できるだけ入院させずに普通に外で生活させるような仕組みの構築を目指した。

 

 当時約800人の入院患者がいたが、バザーリアは猛烈な勢いで退院させていった。 「1963年から68年までの5年間で入院患者を300人にまで減らし、家族のもとに帰れない人には住居を用意しました。

 

300人のうち、医療が必要ない人たちを『オスピテ』(イタリア語でお客という意味)と呼び、完全な自由と食・住を保証し、入院者と区別したのです。これはのちにイタリア全土でも採用されました」

重病でも在宅治療が可能だと実証

しかし、マニコミオを管理するゴリツィア県当局は、患者の住居をつくること、精神保健センターを新設することに消極的だった。そのタイミングで、外泊した男性が妻の不貞を疑って妻を殴り殺すという不幸な事件が起きた。

 

 「『バザーリアの思想が事件を誘発した』という理屈で、彼も裁判で刑事被告席に立たされるのです。無罪判決で終わったものの、院長を辞職することになったのが1969年のことでした」 

 

バザーリアはロンバルディア州パルマ県立病院の院長になるが、職員組合と衝突する。そこへトリエステ県知事ミケーレ・ザネッティが現れ、トリエステ県立サン・ジョヴァンニ病院の改革をバザーリアに依頼する。

 

バザーリアは、「カネは出すが口は出さない」を条件に、この申し出を受け、ここからトリエステの歴史が始まるのだ。 「当時の諸外国は、社会改革を求める若者たちが運動を起こした時期でした。

 

それは日本にも飛び火し、東大・安田講堂占拠などで大学教育が1年間マヒするような事態にもなります。バザーリアはこの若者たちのエネルギーを活用します。

 

精神病院の色に染まった医者の代わりに研修医を採用して、『自由こそ治療だ!』をスローガンに精神病院の大改革に乗り出します。

 

彼は当時のヨーロッパでは、チェ・ゲバラに匹敵するほどの有名人でした」 それまで精神病棟への収容が中心だった医療システムを、地域精神保健サービス網に切り替えてゆく。ある数の入院者を外に出すと、それに見合う職員も外に出す、といった具合だ。

 

1975年ごろには、精神科病院を全廃できる見通しが立つほどにまで改革は進んだ。 「注目すべきなのは、症状が重い精神疾患の人々でさえも在宅で支えられることを実証した点です。

 

1978年、政治も動き、イタリアの国会は精神病院を全廃し、地域の精神保健センターに全面転換を図ることを決めた精神保健法(180号法、別名バザーリア法)を制定しました」

 

WHOも認めた地域精神保健システム

そして1980年、改革の中心だったトリエステは、精神科病院が完全に消えた、世界初の都市になった。 

 

当時、トリエステ以外の地域では、まだ旧来の県立精神科病院が残っていたが、これも以後の19年間で少しずつ機能を停止し、1999年3月に当時の保健大臣は、イタリアの精神科病院が完全消滅したことを宣言した。

 

最盛期12万人もが収容されていた精神病棟が消えたのだ。 「WHO(世界保健機関)も、トリエステの精神保健システムを『持続可能な推奨モデル』と認定しています。

 

これは『精神保健の革命』です。世界の誰もがなくせるとは夢にも思っていなかった精神病院を、世界に先立って完璧に廃止したのですから。

 

世界中の人々が必要悪と考えていた、あの鬱陶しい収容病棟を、社会から放逐したのです。ベルリンの壁の崩壊のようなことが、精神保健の世界で起きたのです」 

 

 

後編『世界が日本にドン引き「精神医療のおぞましい実態」…「精神科病院ベッド数は世界一、不必要な薬漬け治療」課題山積の現実』に続く。

 

単科精神病院を葬ったイタリアから学ぶべきこと

1978年イタリアでは、精神科病院を全廃し、地域の精神保健センターに全面転換を図る新しい精神保健法(180号法、別名バザーリア法)が制定された。

その後、約20年かけて精神科病院を完全に葬り、代わって地域精神保健サービス網を構築した。

「これが、今の日本が学ぶべき最重要ポイントです」と語るのは、イタリアの精神医療に詳しいジャーナリストの大熊一夫氏だ。

 

「イタリア全土は、現在163地区に区分けされており、各区に精神保健局が設置されています。精神科のベッドは、総合病院に最大15床以下の設置が認められ、2019年時点で285病院、合計3623床が稼働しており、3000以上の居住施設や準居住施設などには、30万人以上が生活しています。日本とは違い、入院する人はごく少数に限られ、地域の精神保健センターが管理する患者サポート体制が整っています」(以下の「」は大熊氏)

 

日本にはびこった政府指導の「収容ビジネス」

イタリア以外のほとんどの国でも、1960年代から精神科のベッド数は激減している。一方、日本の精神科病院ベッド数は、2022年10月1日時点で約32万床もあり、世界中の精神科病院ベッド数の5分の1以上を有している。

 

この日本は、1960年ころに厚生省によって大々的に奨励された「収容ビジネス」が確固たる地位を築き、自民党政権とも政治献金の固いきずなで結ばれ、今や厚労省も手を出せない勢力になってしまった。大熊氏も以下のように指摘する。

「約40年にわたり精神病院への入院を強いられたことは、国の不作為だとして、国に3300万円の賠償を求めて提訴した伊藤時男さんのケース(10月1日の東京地裁判決は原告の請求棄却。原告側は控訴の予定)も、精神科的な入院治療を必要とした期間は多く見積もっても数週間程度だったことが当時のカルテから判明しています。退院できずに亡くなる人も多く、基本的に収容が主だった機能になっています」

 

今も続く入院者虐待事件

精神科病院で想像を絶する人権侵害が行われていたのは過去の話だと思うかもしれない。

しかし、2023年2月25日、NHKで放送された調査報道ドキュメント『ルポ死亡退院〜精神医療・闇の実態〜』では、東京都八王子市の滝山病院が取り上げられ、看護師らが寝ている入院者を殴る虐待など、非人道的な扱いを受ける患者の姿が映し出されて反響を呼んだ。

 

「1960年代は、滝山病院のような精神病院は珍しくありませんでした。今はかなり少なくなった。とはいえ、まだしぶとく生き残っている。こんな監獄病院は廃院処分にするしかありません。ですが、厚労省も東京都も、『改善命令』なんていう生ぬるいことで、事態を収めようとしている。日本の行政は、精神保健を抜本改革する能力を失ってしまった。これは、政治の問題であることは確かです。

しかし、精神病院のオーナーのブログには、安倍首相とのツーショットが誇らしげに掲載されています。日本の精神病院問題解決の見通しはお先真っ暗です」(実例:精神科病院協会のトップである山崎会長のブログ、恐るべき虐待事件を起こした神戸の神出病院理事長のブログ)

 

安易な大量処方をする精神科医

また、一般的な投薬治療に関しても、精神科病院をなくしたイタリアと比べて大きく違いがあるという。

「イタリアでは、まったく投薬治療をやらないわけではないですが、普通に市民生活をしている患者に対して、投薬はかなり慎重に行われます。

 

一方、日本では、入院中心ですから、副作用を無視した安易な大量処方をしたがる精神科医がすごく多い。しかし、一度、抗精神病薬を多量に服用させられると、脳に不可逆的変化が起きてしまうケースが多々あります。

しかも断薬や減薬の勉強をした精神科医は、本当に少ない。いま日本には10年ほど前から『セカンドオピニオン』という運動が起きていますが、これは、発達障害の人が統合失調症と誤診されて精神病院にいれられ、抗精神病薬を大量投与されて苦しむ人たちの起こした運動です。その被害者が、ものすごく大勢いるのです」

入院者が精神病棟で朽ち果てるのを待っている、そんな残酷な事態に手をこまねいているのが、この日本である。イタリアのように精神科病院を全廃するのは、この日本では「遠い夢」なんて、言ってる場合ではないのだ。

 

週刊現代(講談社・月曜・金曜発売)

 
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