いつもありがとうございます。
ハッピーダイエットライフの船田です。
日本農業新聞を中心に、大手メディアも食糧不足から始まる統制経済の法的整備の必要性を記事にしている。
しかし、ジャーナリストの目から、歴史を学べば、政府主導の食料に関する統制経済は必ず大失敗をしている。そのため餓死者が数千万人単位で出ているほどだ。
国民の食料確保は、政府主導ではなく、庶民の知恵と現実的対応(個人間での調整)であったという。(つまり闇市です)
政府主導の統制経済は国内を混乱させ、逆に闇権力の言うことを聞かない人間は助けないということになりかねない。
少し長いですが、非常に参考になる記事なのでシェアしました。
戦前・戦後の再現か?食料確保の統制経済という亡霊
配信
4月末の日本経済新聞や日本農業新聞(日農)の報道で「食料危機に備え法制度」を見て、なぜかデジャビュ(既視感)に襲われてしまった。
「まさかこの時代に」と思うのだが、5月11日の朝日新聞、15日の時事通信でも再び記事化され、さらには、食料・農業・農村基本法見直しを検討している農林水産省の審議会の『中間とりまとめ案』(5月19日)にも、食料安全保障上で不足時における「政府対応の法制化」が盛り込まれるに至って、コメントを加えたくなった。
『新たな法制度を検討』として例示されている事項を、新聞各紙からピックアップすると、
日農が「農家への緊急増産の指示」「買い占め防止」「価格高騰の規制」、
日経が「食品製造業などからの売渡しの指示」「花き生産の農家らにカロリーが高いイモや穀物への生産転換の働きかけ」「物流事業者に対する輸送先変更や保管命令」、
朝日が「限られた食料がまんべんなく消費者に届くよう事業者に指示」「配給制も視野」、
時事が「農家、企業への増産指示、流通の規制」「事業者に生産資材の保管を求める」などである。
これは、太平洋戦争の戦時体制下と終戦直後の統制経済の再現ではないのか。この際、1940年代に立ち戻って、何がどんな法制度と手法で行われ、どんな効果や失敗があったのか、チェックしてみたい。
戦中・戦後の食料等の統制法規に重ねると……
まず、1942年の食糧管理法は、戦時の食料ひっぱく状態の下で制定・施行された。不足している食糧について、年齢別、職業別に一人当たりの供給量を国が定めて「配給」する。
コメ・麦のみでは足らないので、イモ類、雑穀も含めたカロリー源となる基礎的食糧が対象になっていた。配給通帳で数量を確認し、平等に配給仕組みとした。
政府が個人の必要量を上から指定、それを上限として分配する。これを「配給統制」「流通規制」という。
配給計画、配給量が決まっても、これを裏打ちする「物量」が確保できないので、終戦後の46年に、食糧緊急措置令によって、「強制供出・徴発(隠匿の回避)」が定められた。
終戦直後の弱体化した国家権力を法による強権的措置で補い、米軍の協力と多数の警察官の組織動員で可能にしていったのである。違反者には最高5年の懲役刑がある。
しかし、経済実態としては、「ヤミ流通」が横行し価格の大混乱が起きる。これを踏まえ、公定(上限)価格を決めるため、同年に物価統制令が施行される。
コメのみでなく、一時、「統制価格の指示」が国民生活のあらゆる分野においてなされ、「指示1万件」ということもあったらしい。
最後の決め手はやはり、物量、とくに基礎的食料の物量の確保である。そのための措置として、48年には、主要食糧(食管法の食糧)の増産のために食糧確保緊急措置法が定められた。
政府、都道府県、市町村が「農業計画」を定め、主要食糧農産物の生産・供出数量の割当て、生産に必要な肥料、農薬、農機具等の配給数量を定める。
市町村長が生産者別・作物別の計画を定めて指示する。つまり、これによれば花の作付けを制限して穀物、イモ類の作付けの指示ができる。指示、命令の違反者には罰金刑が科せられる。
どうだろう。これらは、なんだか、「法制度などを検討する」とされている構想とよく似ている気がするが、思い過ごしか。そして、これは、生産者や消費者にとって、公平で幸せな状態なのだろうか。創意工夫を生かせる仕事・人生・産業の在り方と言えるのか。
このように、食糧に関する経済統制は、配給計画&配給統制・流通規制➡物量確保の強制供出・徴発➡価格統制の制限➡増産の指示・不急作物の作付制限命令と生産資材の傾斜配分➡徴発・取締り体制の徹底強化という順をたどる。
これは不可避の道である。このプロセスは、端的に「統制が統制を呼ぶ」と表現することができよう。 それとても、結果・効果には疑問符が付く。
戦争中の戯れ歌にも「世の中は、星(陸軍)に錨(海軍)にヤミ、横流し、正直者がバカを見る」とある。実態面では、価格、数量、品質などのごまかしが横行した。生産者にとっても消費者にとってもマイナスばかり。もっと他にやることがあったのではないか。
世界での統制経済の失敗事例
統制の法規は本当に効果があったのか。諸外国、特に「計画経済」を実施していた国々の事例を紹介したい。
旧ソ連に代表される「計画経済」では、物の需給は「市場のシグナル」ではなくて、「特定の人間が、特定の意図をもって机上で」立てるものとなっていた。
ノルマは数量や重量となるから、農産物でいえば、食味・ビタミン重視の野菜は生産されず、泥付き重量農産物が計画達成のために重点的に生産される傾向にあった。
品質も問わない。つまり、計画経済、統制経済の下では、「不要なものは生産されるが、必要なものは生産されない」ものなのである。
政治的意図により達成不可能な目標と必要量が設定され、下方修正したものが個人別、分野別に分配をもたらす。いわば、「靴のサイズに足を合わせ」「存在しない資源が存在することに」してしまう。
ソ連が計画経済の基本とした「ゴスプラン」、これを真似て、戦前の日本が旧満洲で実行しようとした「満州産業開発五箇年計画」は、いずれもが哀れな末路をたどっている。
ロシアには、都市に暮らす人々が菜園付きのセカンドハウス「ダーチャ」を持つ文化があるが、これは計画の欠陥を補う存在でもあったのだ。
これは食料、農産物に限ったことではない。日本の金属類回収令(1943年・武器生産に必要な金属資源の回収)や学徒勤労動員、毛沢東の「土法炉」での鉄鋼生産(6割が粗悪品)なども同じである。
強制供出・徴発にしても、完全に公平を期することはできなかった。外国の有名な事例が1932~33年にかけてソ連のスターリンがウクライナ農民に行った強制徴発により、1100万人が餓死したといわれる「ホロドモール」(飢餓による殺人)である。
スターリンが工業化を推し進めるべく、徴収した穀物を輸出して外貨に替え、国内消費分が不足するほど過剰なものとなった。自家用、種子用に至るまで徹底して徴発した。
欧州議会が2022年12月にホロドモールが、人為的に引き起こされたジェノサイド(民族大量虐殺)だったと認定する決議案を採択するなど、多くの国々からジェノサイドと認められているが、ロシアはいまだに認めない。
余談にはなるが、映画『七人の侍』には、徴発を免れようとする農民たちの「実際面での」対応が描かれている。
また、農林省の食糧管理行政の幹部が相撲の力士たちから「コメが足らなくて体格が維持できない」との申し入れに対して、地方巡業を勧め「田舎に行けば必ずある」と発言したという逸話も残る。
増産の指示・命令は効果があるのか
中華人民共和国の「大躍進政策」は、1958年、毛沢東の主導により、農作物と鉄鋼の増産命令を出したものである。無理なノルマと懲罰、需要・流通、輸出入、インフラ、生態系などを無視した数字至上主義の計画は悲惨な結果を招く。
無理な生産目標を押し付けられた農民は生産意欲を失って生産力が落ち込み、地力や生態系を無視した収奪型農業で農業生産と農村は疲弊し、さらに、地方の幹部らは目標を完成させるためにさまざまな不正を行った。
それは大きな飢饉と食糧難を引き起こし、一説には、1500万~3000万人が大飢饉で死亡する結果となった。
合わせて述べておきたいのは、長いサプライチェーンの中の各段階には、それぞれに物資が分散して存在しているということである。これらは、市場原理が活きることにより順次、目詰まりを解消しながら消費段階にしみ出してくるものである。
戦争直後の「ヤミと買い出し」もそうであったし、コメの不作が4年連続した1980~83年でも、需給計算をすれば「完全にショート」の状態であったにもかかわらず、食糧庁の専門家は動じることなく、「必ずコメは(流通パイプから)出てくる。78年産米の古古米を活用する工夫も出てくる」と落ち着いていて、その通りだった。
政府が騒ぎ立てることがパニックを呼ぶというのだ。 結局、過去の事例では、統制経済はおよそ失敗だらけで、その矛盾を補ったのは、庶民の知恵と現実的対応(個人間での調整)であった。「よい統制」などというものがあるのかどうか大いに疑問である。
「非常時において」 と 「非常時に備えて」 は違う
食料・農業・農村基本法にもある通り、国内農業生産の増大を基本としながら、備蓄と輸入を適切に組み合わせることが必要であることは変わらない。
ただし、その具体的中身については、時代の変化、国際情勢等に応じて、精査し、改善を加える必要がある。
食料安全保障上のリスクについて「日本の食料自給率が低い」という声があるが、
その解決策は、
(1)輸入飼料穀物依存の畜産と
(2)コメの生産調整(生産縮小)、
(3)耕地利用率の低下に行き着く。
農林水産省の解説でも、食料自給率低下の要因は、「米中心の食生活から、肉・乳製品指向へと食文化が変化しており、自給率の低い高脂肪、低カロリー食材の需要が伸びた結果、これらの食材の輸入量が増え」とある。
すなわち、
(1)畜産のあり方を変える、または、国産飼料で対応する、
(2)コメを大いに作る(国内需要を超える分は、日ごろは輸出に活用する)、
(3)耕地利用率を上げるために裏作や田畑輪かんなどで麦、大豆を作る、
に尽きるだろう。
コメ減らしをこのまま続けていてよいのか、輸出を大きくして非常時には国内供給に回すという国際競争に耐える支援策はどうか、欧米の主流となっている「直接支払い」手法の導入をもっと真剣に検討すべきではないか。
備蓄も種類を増やすなどの改善は必要ないか、輸入先国の多角化へ検討の余地はないか、輸出国との友好関係の構築はできているのか、穀物型畜産から草地型といった畜産政策の変更はどうか、土地の有効利用はできているのか、なども考える必要がある。
世界に冠たる生産・環境装置たる「水田」を守らなければ、農村という地域社会の健全な発展はない。そろそろ、コメの生産調整を止めて、大いに輸出できるよう政策を見直そう。
“ コメは宝だ 宝の草を 植えりゃ 黄金の花が咲く ”(田植えの歌)のである。
終わりに、重ねて強調しておきたいのは、非常時に大きく焦点を当てた食料安全保障で、完璧を期そうとするなら、かえって生産者の意欲や創意工夫を削いでしまい、産業としての根本、すなわち、効率的・安定的な国内生産に支障をきたすことになりかねないと考える。
産業と商取引を制御しようとして悲惨な結果を招いたナチスドイツ、ファシストイタリア、スターリンの共産主義・ソ連、毛沢東の中華人民共和国の轍を踏んではならない。
渡辺好明


