こんにちは、わしずあゆみです。
のおかげで、
感謝にまつわる様々な設定が
あぁそういうことか、と
言葉に繋がっていて
私もたくさん学んでいます![]()
この「感謝とは?」の設定。
以前の私にとって、感謝とは
・十分な見返りがあったこと
・得したこと
・日常よりもプラスアルファになったもの
=頭の計算、損得で
感謝できるかどうか決めていた。
自分の中に
ここからは感謝に値するけど
これ以下は感謝に値しない
っていう線がある。
境目がある。
そんな設定でした。
そんな考えが
なぜ出てくるかというと
・いい妻
・いい嫁
・女は一歩引いて
・相手の全部を受け入れなければならない
・わかってあげるのが女
そんな女性ならではの
世間的な設定に自分をはめてきたこと
が「感謝」を難しくしている
原因かもな、と思ったんです。
相手を大切にしたい。
受け入れたい。
だけどその設定が
相手を大切にする。
受け入れる。
=自己犠牲
だから本当は
文句めっちゃある![]()
になっていて
なんでこんなに
自分を削ってまで
差し出しているのに
まださらに感謝まで
しないといけないの?!
むしろあんたが感謝しなさいよね![]()
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そうしてもらって当然じゃない!?
と不足不満がいっぱい![]()
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(自分から差し出しといてヘニャヘニャになってる状態って、アンパンマンの顔を分けた時みたいなもの)
私は完全にそうなってました。
旦那さんが食べない野菜をもりもり食べれて一人で「超幸せ![]()
」とじわ〜っとした美容院帰りのランチ。
相手に合わせることが
あまりにも当然で
それをできてしまってた。
自分の気持ちよりも
優先してやれてしまった私は
不満や我慢も
言ってはいけない
思ってはいけない
って
うっすら気付きながらも
認識しないように
巧妙にキャッチしないように
無意識にでも手で払い除け
心の奥底に埋めていた。
それが普通だったから。
漬物の樽に蓋して
さらに石を乗せるように
おもーくおもーく
感じることを
閉ざしていることすら
気づかないから
自分の気持ちとか
好きなこととか
聞かれても
まぁ、わかんないです。
溜まってるから
いきなり爆発するんですよねーーー
(迷惑
)
感じてはいけない気持ちなんてない。
それを許す
肌感覚としてわかるまでに
数年かかりました。
長い年月かけて
石を乗せてフタしてきたから
自然なことです。
でもまず
不平不満があってもいい
文句、不満、めっちゃ持っている自分を認めた。
大事な人だからと
好きな人だからと
文句をねじ伏せて感謝って
ことじゃなく
苦手な部分や嫌な部分が
あってもいい。
それが頭でわかること
それだけで安心でした。
マスキングテープってそんなに要る⁉︎と言われております。ここだけじゃないんですよね〜ハロウィンとかの季節ものは別場所、笑
ちゃんと嫌を感じあげても
相手を嫌いになるわけではなくて
嫌を感じるからこそ
自分の中でどこまでがOKで
どこからが犠牲になっていのか
そのうち自分でわかってくる。
そして犠牲を防ぐことができる。
良かれと思って差し出している
エネルギー、労力って
相手にとったら
そこまで苦しいなら
言ってよ!いらないよ!
ってなるので
イメージで言うと
差し出すのを止めるだけ。
良かれと思ってる
苦しいことをやめるだけ。
これって確認するだけで
いいんですけど
気持ちを素直に伝えるって
下手だから
ひねくれて攻撃しちゃう
こともある。
でも下手なりになんとか
伝えていくうちに
相手の反応よりも
自分で自分の気持ちが
わかってること自体に癒され
自然に感謝が溢れてきました。
喜びも怒りも
悲しみも楽しみも
自分に感じさせてあげる。
そしてちゃんと嫌を
放っておかない。
ノートや感謝ワークも
自分の気持ちを知るための
叡智につながるツールです♡

「書くことは癒し」さきこさんのモレスキンは、華やかにどっしりと深く受け止めてくれます。

