わしずあゆみです。
この記事の続きです。
【生活のために働く】ことに
抵抗がなくなってきたのは
前の設定は
生活=普通・当たり前・最低限
働く=労働・苦しい・身を削る
だったから
最低限の生活のために
身を削って得たお金は
身を削った分の修復代?って感じで
こんなに身を削っているのに
足りない!足りない!
こんなに身を削っているんだから
使うのも当然で仕方ないよね!
という感謝からかけ離れた発想だった。
「生活のために働く」って
すごく下に見てた(自分自身をも)
何で生活のために働かなきゃいけないの?って![]()
![]()
(言葉にしたらおかしさ満載)
20代でバリバリ働いてた時は
専業主婦になりたいっていうのも
結婚したいっていうのもその奥には
「身を削って働きたくない」があった。
ビリオネアブレンドぬりぬり♡いい匂い〜
今の設定は
生活=生きる活動・営み
働く=動く・私を機能させる
だから
食費や光熱費、家賃や携帯代など
私わしずあゆみを快適に
機能させてくれている。
生きる活動をできている。
だから「生活のために働く」
ことが抵抗が無くなってきた。
「生活」も「働く」も
設定を変えたら言葉が私の仲間になった。
で、次にこの動画↓
2:00くらいのところからです。
動画から引用
↓↓↓
…………………………
プールが欲しいから曲を1曲書こう。
(byジョンレノン)
家が欲しいから新しい何かを商品にして売ろう。
(by八木さや)
欲しいものがあるから仕事をしていい。
欲しいものがあるから物を売っていい。
そうじゃないとダルくなってくる。
欲しいものがあるから仕事って楽しい。
欲しいものがあるから仕事やる気出る。
…………………………
↑↑
部分的に許可は出てたけど
ここまでハッキリと許可出てなかったみたい![]()
こんな風に思っていいんだって思った。
部分的な許可って
はみ出ないような感じよね。
直接仕事に結びつく支出とか。
個人的なものは後回し。
欲しいって言っちゃいけない。
の名残なのかな![]()
(そんなこと言っても服とか買ってるけど罪悪感みたいな笑)
私にとっての設定変わったのはこのペンケース。今でも毎日キュン♡となる。
1個前の記事の
人間の体にはもうそれ(欲求)を
抑圧することが「善」だって
いうのが染み込んでるわけですよ。
これくらい頑張ったからご褒美に。
どこかで「これくらい許して」って思ってるんだ。
だからお金を使うのはオールOKじゃなくて
「対価として結果を残したから許す」って感じだった。
って人間の原動力の
「〇〇したい」という欲求なのに
欲求は=罪って
細胞に刻まれてるんだろうね。
(こわっ)
そして欲求は
「不足しているから」
「満たされていないから」
じゃなくとても自然に
とめどなく湧いてくるもの。
これを「創造」と呼ぶんだと思う。
一人一人湧いてくるものが違うしね。
許可するとは開くこと。
開けば開くほど湧いてくる。
私の源から。
「生活のために働く」の感覚も
「欲しいもののためにお金を稼ぐ」ことも
難しくしてるだけっぽい。
もっとある意味子供っぽい感じなのかな。
大人とはその子供っぽさを現実にできることなのかも。
ノートもこんなに楽しく続くと思ってなかったもんね。
これも全て「創造」である♡
次は創造(クリエイト)について
▶︎世の中の「創造」がもっと売れますように♡
続きます。


